子供の世界と性愛の拒絶~『AKIRA』4Kリマスター版(ネタバレあり)

 大友克洋監督『AKIRA』の4Kリマスター版をIMAXで見てきた。今回初めてこの映画を見た。漫画のほうは全く読んだことがない。

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 舞台は第三次世界大戦から31年後、2019年のネオ東京である。オリンピックを控えているのにしょっちゅう抗議運動が起こっているという不穏な政情ではあるが、一応戦争による破壊からは街は再生している。そんな中、暴走族をしている少年である鉄雄がひょんなことから超能力を持つタカシと接触し、自らも超能力に目覚めてしまう。鉄男を助けようとする金田はいろいろあって反政府活動をしている若い女性ケイと組むことになる。

 けっこう複雑な話なのだが、テーマとビジュアルがぴったりあうよう大変よく考えられている。この作品の大きなテーマのひとつとして子供の自我の肥大というのがある。超能力に目覚めた鉄男が暴れ始める原因が小さい頃から自分を助けてくれていた金田への漠然とした引け目だったり、超能力を持っている番号をつけられた強化人間たちも子供の姿のまま年老いたという設定だったり、子供の無垢と、それとコインの裏表のように存在する厄介な自我が象徴的に描かれている。主要登場人物として活躍する金田もケイも大変若くて性化されておらず、かなり中性的な子供に近い存在として描かれている。全体的にこの作品は、子供の心象風景をそのまま映し出したみたいな映画だと思った。

 そしてどの場面でもそういうテーマにしっかりあうような画面作りがされており、「ただカッコいいから入れただけ」みたいな場面がほぼないのにちゃんと見た目がカッコよく統一感のある形で整えられている。鉄雄が病室でぬいぐるみがふくれあがるような幻覚を見たり、最後に鉄雄自身がどんどん膨張していったりするあたりは子供が見る悪夢みたいで、鉄雄が抱えている心の問題がグロテスクな絵面により非常に鮮やかに表現されている。また、舞台になっているネオ東京じたいが整理された形での発展を拒否してやたら上にばかり伸びたがる砂の城みたいなイメージで作られており、未成熟さゆえのエゴの肥大というテーマにとてもよくあっている。

 そこでちょっと面白いと思ったのが、この映画においては成長の拒否に成熟した性愛の拒否が含まれているのではないかということだ。暴走族たちの仲間として出てくるグラマラスな少女たちは、この映画ではあまり少年たちから重きを置かれていない。金田がちょっと中性的なケイに抱いている恋愛感情はふだんバイクをいじっている世慣れた少年にしてはずいぶん幼くひとりよがりな憧れみたいに描かれており、とても子供っぽい。一方、鉄雄にはカオリというガールフレンドがいる。カオリはグラマラスな大人っぽい女性ではなく、大人しくてちょっと幼いところもある少女なのだが、鉄雄が金田のバイクをかすめとってカオリと逃亡を試みた際に敵の不良集団クラウンに襲われ、カオリが上着をはぎとられて胸が露わになるという悪質な性的嫌がらせを受ける場面がある。鉄雄はこの場面の後に金田に助けてもらうのだが、その後カオリに対して比較的冷たい態度をとる。これは鉄雄が自らカオリを助けるという「大人の男」らしい態度をとれなかったことへのいらだちである一方、一見幼いカオリの中に秘められている大人の女性としての肉体性への恐怖でもあると思う(カオリがひどいめにあったのはカオリの肉体のせいではなく相手の不良どもがひどいせいのだが、鉄雄にとってはカオリが性的対象となりうるということじたいがしっくりこないのかもしれない)。カオリは大変思いやりのある女性で、超能力で街を壊している鉄雄に最後、手をさしのべに行き、そこで肥大していく鉄雄の身体に巻き込まれて死んでしまう。ここで鉄雄はカオリを拒絶しつつ巻き込んでしまっており、恋人の死の苦痛を感じて苦しむというホラー的な場面があるのだが、鉄雄とカオリの関係は、カオリから提供される成熟した男女間の関係を鉄雄が子供としてひたすら拒否してつぶしてしまうというものだ。少なくともこの映画においては(漫画はもっとだいぶ長いらしいのでよくわからないが)、子供の性愛恐怖みたいなものが自我の肥大と結びつけられて描かれていると思う。