聖人伝か、紅はこべか~『ハリエット』(ネタバレあり)

 『ハリエット』を見てきた。奴隷解放運動家として有名なハリエット・タブマンの伝記物である。

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 ミンティと呼ばれる奴隷だったハリエット(シンシア・エリヴォ)が主人に売られそうになって単身、北部まで逃亡するところから始まる。その後、ハリエットは家族を救済すべく一人で南部に戻り、自分だけで9人の奴隷を北部まで送り届ける。ハリエットは逃亡した奴隷を北部まで送り届ける組織である地下鉄道の車掌として大活躍するようになる。

 

 非常にちゃんと作っている映画で、ハリエットを演じているエリヴォの演技もいいし、音楽の使い方などもうまい。中盤で奴隷だったハリエットと北部の自由黒人であるウィリアム(レスリー・オドムJr)やマリー(ジャネル・モネイ)の意識の違いが明確になっており、アフリカ系アメリカ人でも境遇に著しい差があることが示されているあたりは良かった。マリーは架空のキャラクターらしいのだが、ハリエットと親しくなるあたりの様子は細やかに描かれている。

 

 ただ、この映画は基本的には聖人伝というか、偉人の生涯を真面目に追った作品なのだが、たまに妙にエクスプロイテーション映画っぽくなるところがあり、ちょっとトーンの統一性としてどうなのかなと思った。というのも、ハリエット・タブマンの生涯というのはたぶん聖人伝よりはエクスプロイテーション映画とかアドベンチャーアクション映画にしやすいような題材に見える。何しろハリエットはモーゼというコードネームを持った謎のエージェントで、男装し夜の闇に紛れて南部のプランテーションに忍び込み、抑圧された人々を解放する。モーゼの登場は歌でわかり、音楽を合図に逃亡を試みる奴隷たちが集まってくる…ということで、これだけ書くとロビン・フッドか紅はこべかというような超かっこいいヒーローぶりである(そして実際にかっこいい)。基本的に地下鉄道の車掌というのは亡命支援エージェントなので『紅はこべ』っぽいところがあり、中盤はけっこう冒険スリラーだ。元の主人でハリエットに執着しているギデオン(ジョー・アルウィン)と対決するところなど、なんかアクション映画みたいで、ちょっと伝記ものにしてはわざとらしい感じもする。真面目一辺倒の映画にするか、もっと亡命支援スリラーっぽくするか(謎のエージェント、モーゼが南部の人々を救いまくっているところから始めてだんだん正体がわかるみたいな展開とか…)、どちらかにしたほうがよかったのではという気もした。奴隷制度の傷跡を真剣に描きたいという真摯な意図と、ハリエットのカッコいいところを描きたいという意図がかみあってない部分が多少あるように感じられる。

 

べにはこべ (河出文庫)

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