歴史ファンタジーオタク男子生徒の妄想爆発!グラインドボーン『リナルド』(配信)

 グラインドボーンの配信でヘンデルのオペラ『リナルド』を見た。

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 タッソの『解放されたエルサレム』を原作とする十字軍の物語で、十字軍がサラセン軍に勝利をおさめるまでを、英雄リナルドと将軍ゴッフレードの娘アルミレナの恋を交えて描く作品である。しかしながら演出ではかなり大胆な設定変更が行われている。学校でいじめられている歴史とファンタジーが好きな少年が勉強しながら妄想した夢がこの作品だ、という枠があり、少年は恋する英雄リナルド(ソニア・プリナ)になり、体罰を加える怖い先生たちは敵の魔法使いやら将軍やらになり、学校がロマンティックな魔法と戦いの冒険物語の舞台になる。黒板がエルサレムの地図になり(おそらくプロジェクションを用いていると思われる黒板アニメみたいな効果がとても面白い)、スポーツの道具が戦いの武器になる。

 最初はかなり面食らうのだが、これはけっこううまい演出かもしれない…というのも、いくつかのレビューで既に指摘されているように、有徳なキリスト教徒の軍が悪いサラセン軍に勝利をおさめて敵が改宗しました、みたいな話を今さら見ても説教臭くてあんまり面白くないし、むしろただの宗教差別じゃないかという話になってしまう。歴史オタクの男の子のセックスファンタジーですという形にすることで、全体がいい意味でバカバカしくふざけた感じになる…というか、たぶんもともとの話じたいがタッソの話のぶっとんだ二次創作で、バロックオペラらしい詰め込んだ展開を装飾的で技巧的な音楽がこれでもかと豪華に飾り立てるというものなので、そもそも原作に内在していた「気合いの入ったファンフィクション」みたいな要素が面白おかしい形で出てくるようになる。最後にリナルドがちゃんと少年に戻るのもいい。

 全体はいかにも中高生が考えましたみたいな要素であふれている。リナルドが付き合いたいと思っているアルミレナ(アネット・フリッチュ)は学校の制服を着たお下げの文化系女子で(鳥類の観察が好きみたいだ)、いかにも歴史オタクの男の子に釣り合いそうな真面目な雰囲気なのだが、一方でリナルドを誘惑するサラセン軍の強力な魔女アルミダ(ブレンダ・リー)は黒いピチピチのドレスにムチを手にしたやたらセクシーなドミナトリックスで、少年が成長の過程で憧れそうな大人の女である。

 そういうわけで、コンセプトとしては大変面白く、見ていて楽しいプロダクションなのだが、たぶん歌うのが難しい作品であると思われ、たまにちょっと歌に滑らかさや軽快さが足りず、ゴージャスな感じのオーケストラと雰囲気があっていないように思われるようなところがあった気がする。