クラシック音楽の使い方がうまい~『マーティン・エデン』(ネタバレ注意)

 ピエトロ・マルッチェロ監督『マーティン・エデン』を試写で見てきた。ジャック・ロンドンの1909年の小説を、舞台を1970年頃のナポリに移して映画化したものである。

 登場人物の名前や細かい展開などは変えてあるところもあるのだが、わりと原作に忠実だ。主人公のマーティンが読んでいる著作とかはちょっと時代がかった感じに見えるところもあるが、それ以外はかなり上手に舞台と時代を変更している。主人公であるワーキングクラスの若者マーティン・エデン(ルカ・マリネッリ)がひょんなことから富裕な家庭の令嬢エレナ・オルシーニ(ジェシカ・クレッシー)に出会い、恋に落ちる。エレナと一緒になれるような男になろうと思ったマーティンは勉強し、作家を目指すが、マーティンが教養を身につければ身につけるほど、オルシーニ一家の問題点が目につくようになり…という内容である。

 階級差を主題にした作品で、これにマーティンやエレナの「男らしさ」観みたいなものもからんでくる。マーティンは教養を身につけるにつれてエリート層に批判的な目を向けるようになり、あれほど愛したエレナの階級差別的なところが鼻につくようになって、うまくいかなくなる。しかしながらこの作品はそのように成長したマーティンを理想化された立派な人間としては描いておらず、むしろ作家として成功し、かつて自身が考えていた「ひとかどの男」になった後のマーティンはかなり不愉快なところもある人物になっている。単にエレナと合わなくなる様子を描くだけだとミソジニー一辺倒の作品になりそうなところだが、マーティンの成長にもある種のマイナスの側面を付与することで、すっきりはしないもののリアルで複雑な話にしている。

 全体的に音楽の使い方がうまい。いろいろな音楽が使われているのだが、わりとクラシックが効果的に用いられている。とくに特徴的なのはドビュッシーで、始めてマーティンがオルシーニ家を訪れた時にエレナがピアノでドビュッシーを弾くのだが、ドビュッシーの揺れる官能性みたいなものがよく効いていると思った。