アメリカ史における忘れられた人種差別スキャンダル~オレゴン・シェイクスピア・フェスティヴァル、The Copper Children (配信)

 オレゴンシェイクスピア・フェスティヴァルの有料配信でThe Copper Childrenを見た。カレン・ザカリアスの新作戯曲で、シャリファ・アリ演出、2020年春に上演されたものらしい。この作品は1904年に実際に起こった、あまり知られていない孤児誘拐事件を主題としている。アイルランド系とメキシコ系に対する人種差別が原因で多数の子供が誘拐されたという事件である。

 物語はアリゾナのクリフトンとモレンチという鉱山町が舞台で、芝居の冒頭ではこの町に住むメキシコ系と白人の住民の間に強い対立感情と差別があることが描かれる。一方ニューヨークでは、多数のアイルランド系孤児を抱えたカトリック孤児院が、クリフトンとモレンチのメキシコ系の家庭に子供達を里子に出すことにする。この時期のニューヨークではアイルランドカトリック貧困層というのは完全な「白人」として扱われていないというのがポイントで(ユダヤ系とかと似た感じで二級白人みたいな扱い)、孤児院のほうではとにかくカトリックの家庭に引き取ってもらうのが大事なので、メキシコ系の家庭で里親探しをしたわけである。一方、アリゾナの鉱山町はおそらく公害のせいで健康な出産が少なく、なかなか子供に恵まれないメキシコ系のマルガリータ(カロ・ゼラー)が里子のケイティを心待ちにしているのだが、到着した子供たちを見た白人女性ロッティ(ケイト・ハーンスター)は、子供たちが「白人」だからと言って赤毛のケイティ(人形で表現される)を強引に引き取ろうとする。町の白人たちは、メキシコ系の家庭がアイルランド系の里子を育てるのは人種上よろしくないと主張し、子供たちを誘拐し、やがてこの子供たち(40人に及ぶ)の養育権をめぐる裁判が行われることになる。

 ニューヨークでは完全に「白人」扱いされていないというか、二級白人みたいな扱いのアイルランド系(イタリア系とポーランド系も1人ずついるらしいが)の貧困層アリゾナに行くと「白人」扱いされるようになり、メキシコ系とは人種が違うからそんなところで白人の子供が育てられるなんてとんでもない、という展開になるのが実にグロテスクだ。東海岸では赤毛アイルランド系の孤児は人種差別のせいで引き取り手がないのだが、アリゾナに行くと可愛い白人の子供で通用する。人種の区別というのは極めて恣意的・主観的なものなので、アメリカ国内ですら統一した考えがなく、地域の人口構成とか時代の変遷に応じて大きく変わる。アフリカ系に対する構造的な差別は今も最も根強く残っているし、芝居に出てくるメキシコ系への差別は現代でも比較的わかると思うのだが、この事件で描かれているアイルランド系に対する差別というのは現代ではわかりづらくなっていると思う(消滅したわけではなく、アイルランドアメリカ人というアイデンティティは現在も存在しているのだが)。そして芝居で描かれているメキシコ系の家庭に対する白人たちの扱いは大変ひどく、全員堕落した無教養な人々で養子を育てる責任なんか負えないという偏見を剥き出しにし、裁判でもそれを主張して子供たちを奪おうとする。

 後ろに木の階段と足場があるセットで、少し配置を換えたり、椅子などを出したりする程度の変化でニューヨークとかアリゾナとかいろいろな場所を表現している。子供のケイティを人形にしたのは非常にうまいやり方だ。というのも、人形にすることによって子供の「人種」がぼかされ、おそらくは1904年の人たちが子供のケイティに勝手な人種イメージを投影していたことが観客にもわかるようになるからだ。短い芝居だが演技のクオリティも高く、とくに子供を奪われたマルガリータの嘆きは哀切だ。重い内容だが、とても良かった。

 

The Great Arizona Orphan Abduction (English Edition)

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