こんなに登場人物が食ってばかりの映画を久しぶりに見た~『窮鼠はチーズの夢を見る』(ネタバレあり)

 行定勲監督の『窮鼠はチーズの夢を見る』を見てきた。原作は未読である。

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 主人公の恭一(大倉忠義)は結婚しているが浮気癖のおさまらない女好きで、大変なモテ男である。そこにかつての大学の後輩で今は探偵社につとめている今ヶ瀬(成田凌)があらわれ、恭一の妻である知佳子(咲妃みゆ)から恭一の素行調査を依頼されたと言われる。かねてから恭一に想いを寄せていた今ヶ瀬は恭一を脅迫し、恋心を遂げようとするが…

 

 予告を見た時からポテトチップスの撮り方が気になっていたのだが、とにかくこんなに登場人物が食ってばかりの映画は久しぶりに見たのではないかと思うくらい、ほぼ常に誰かが何かを食っている。登場人物は飯を食っているか、料理をしているか、食べ物の話をしているか、飲んでいるか、たばこを喫っているか、あるいは、まあそのー、別のやつを食っているかである。全部は思い出せないのだが、とりあえず出てきた中で記憶に残っている食べ物をリストアップすると、目玉焼きのついた朝食、エビチリが出てくる中華、コーヒー(これは複数回出てくる)、ビール(複数回出てくる)、恭一がやたらデートで使いたがる行きつけのレストラン(複数回出てくる)、恭一が料理しているにんじん、レイズのポテトチップスサワークリーム&オニオン味、今ヶ瀬の生まれ年のワイン(おつまみの生ハムは言及のみ)、北京ダック(言及のみ)、チーズケーキ(言及のみ)、ペットボトルで冷やした水と今ヶ瀬による食事の支度、お蕎麦、ことこと煮る煮物(言及のみ)、岡村家で出てくる紅茶、ハンバーグ(調理のみ)、プリン(言及のみ)が登場したはずだ。130分の映画なので、少なくとも10分から6分に1回くらいのペースで食い物が言及されていることになり、だいたい1場面おきくらいに何か飲み食いの場面がある。とくに主人公の2人はたばこ(これは明らかに2人の間の性愛関係の変化に結びつけられており、一種のファリックシンボルである)も喫うし、口に何か咥えていないと間がもたないのかと思うような調子である。

 この「口に何か咥えていないと間がもたない」というのは案外重要な気がする…というのは、全体的にどうもかなり長い話を圧縮して映画にしているようで、展開がえらい唐突なところがたくさんある一方(恭一の上司がほぼ出てきた次の瞬間に死ぬ)、ラブシーンは男女のものも男男のものもけっこうちゃんと尺をとって見せようとしており、その間になんかいろいろなことを会話で見せつつ、恋愛模様を生活感をもって表現しなければいけない…ということで、基本的に惹かれあっている人間同士の関係が飯とセックスだけに還元されている。そういうわけで、食欲と性欲をきちんと呼応させていれば良いと思う…のだが、そういうことをやろうとしているわりには飯の描写に妙に不自然なところがある。ポテトチップスとか洋梨みたいなおやつ、コーヒーや酒などの飲み物を使った関係の変化の表現は良いのだが、食事の表現に一貫性がないと思った。

 序盤に出てくる目玉焼きの朝食もなんだかやたら量があって食べ合わせがいいのかよくわからないものが並んでいて微妙だったのだが、恭一と知佳子が食べに行く中華がなんだか撮り方が不自然である。2人しかいない丸テーブルで、とくに白いごはんもないし、ガンガン酒を飲む感じでもないところに小皿にのせた辛そうなエビチリが1人分ずつ運ばれてくるのだが、私が知らない高級店とかでは中華っていうのはこういうふうに出てくるのだろうか…ただ、夫婦で中華を食うならふつう大皿のものを取り分けそうなところ、ここは離婚の話が出る場面なので、わざと不穏な感じにしているのかもしれない。こういう何だかよくわからない不穏な場面では食べ物が出てくるのに、その後、感情的に重要そうなところで言及される北京ダック、チーズケーキ、ハンバーグは現物が出てこない。ハンバーグはたまき(吉田志織)と恭一がその後別れることをほのめかすために出さなかったのかもしれないが、たまきはこのへんも含めて描写が薄く、定型的な健気なだけの女になってしまっている。北京ダックとチーズケーキはプロット上大事なので画面に映すべきなのではないかと思った。とくにあのチーズケーキがどうなったのかというのは何か見せたほうがよかったのじゃないだろうか…

 全体的に、この映画ではやたら飲み食いに関係する場面が多いのだが、たぶん原作をいろいろ圧縮したせいでそれをうまく生かせておらず、食事描写がわりと中途半端になってしまっている。さらに、いろいろ展開が唐突なわりには要らないところがあり、同窓会の話とか、恭一が二丁目で気持ち悪くなる場面とかは全く要らないと思った。主演の2人はなかなか良いし、ラブシーンも綺麗なので、もうちょっとなんとかなりそうなのに残念なところだ。また、私はここ2ヶ月くらいで行定勲の映画を4本見たのだが、全ての作品においてペース配分に問題がある上、主演級の男が性的関係において大変にイヤな奴であり、何かそういう困った男にこだわりがあるとしか思えない。この映画も主演の2人は魅力的ではあるもののずいぶんと困った連中で、脅迫やらストーキングやら裏切りやらが絡んだけっこう問題ある関係をズルズル続けてしまうのだが、そのイヤな感じがあまりちゃんと掘り下げられていないように思った。うまく食べ物を生かして、食欲と性欲を結びつけられていればもうちょっとこのへんの掘り下げが細やかになったのではないかと思う。