空虚な中心としてのジョン・デイヴィッド・ワシントンの身体~人種映画としての『TENET テネット』(ネタバレあり)

 クリストファー・ノーラン監督の新作『TENET テネット』を見てきた。既にいろいろなレビューで出ているとおりやたら複雑で、しかもネタバレをしないほうがよさそうな映画なのであまり詳しいことは書かないが(ただしこのレビューは多少ネタバレがある)、とりあえずはジョン・デイヴィッド・ワシントン演じるエージェントが世界を破滅から救うべく活躍する作品である(こう書くとなんか007やミッション:インポッシブルシリーズとどう違うんだという感じだが、まあ話としてはあのへんと大差ない発想で作られている)。

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 …で、世間で話題なのは構成の複雑さとかタイムトラベルとかなのだが、私がこの映画で最も気になったのは人種である。というのも、この映画は人物造形がめちゃくちゃいびつで、そのせいでたぶん全く意図せず現代の大作映画における人種の力学がはっきり出てしまったような作品になってしまっていると思うからだ。一言で言うと、この作品の主人公であるジョン・デイヴィッド・ワシントン演じる黒人男性キャラクターは、完全に空虚な中心であり、観客に乗っ取られることが前提みたいな人物になっている。

 この映画のジョン・デイヴィッド・ワシントンが演じる元CIAエージェントには名前がない。名前がないどころか性格も過去も全くなくて、いきなりややこしい仕事が振ってきて、流れのまんまそれをこなすだけの人である。正直、プロットを前に進ませるという機能だけで成り立っているような全く奥行きのない男だ。ジョン・デイヴィッド・ワシントンが演じているだけあり、人に好かれそうな雰囲気だけはあるのだが、それ以上の深みみたいなものは完全に欠如している。その中でこの男を他の登場人物と見分けるための特徴がひとつだけある。それは肌の色だ。

 ノーランの映画の主人公として、この性格の無さは前作『ダンケルク』のトミーとかに多少近いかもしれないが、それよりさらに進んで名前すらなくなっている。『ダンケルク』みたいな群像歴史ものはともかく、それ以前のノーランの映画の主人公というのはかなり重いものをいろいろ背負っていたのだが、『テネット』はそうした先行作品群とは一線を画している。過去の重みだけで生きているみたいなバットマンや、愛する妻の幻影から逃れられない『インセプション』のドム、『インターステラー』の愛情とユーモアに満ちた父クーパーみたいな、綿密な背景と結びついた性格を持つ奥行きのある魅力的な白人の男たちとは異なり、この若い黒人男性には一切の背景や性格が無い。

 この背景や性格の欠如は映画としてはかなりの欠点になりうる一方、何だかよくわからない状況に投げ込まれた観客がこの空っぽの男の視点で話を追わざるを得なくなるという効果もある。空っぽである分、観客が乗りうつりやすい。言ってみればこの無名の男はオーディエンスサロゲートとして用意されているだけの存在だ。どの観客でもこの男を乗っ取ることができる。さらにこの男は、何の背景もないのにポッとあらわれて世界を救ってくれる黒人男性であるという点で、究極のマジカルニグロでもある。

 そしてここで私が思い出したのはジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』である。ここから『ゲット・アウト』のネタバレをするが、あれは白人の一家が黒人の身体を乗っ取って意識を延命させようとする様子を描いた作品で、一見リベラルそうに見える白人たちが何も考えずに「黒人」をもてはやす一方、搾取している様子を辛辣に諷刺した政治的なホラーだった。そして実はこの『TENET テネット』、『ゲット・アウト』で批判されているような態度をそのまんまやっているような作品なのではないかと思う。みんなの視点人物になる主人公が黒人男性になったが、それ以上の奥行きは皆無だ。

 この作品は人種とか性についての問題を掘り下げたりするようなことは全くしておらず、主人公が人種差別に直面する場面は一切ない。一方でこの空っぽの中心にジョン・デイヴィッド・ワシントンという黒人男性の身体を据えて、観客にその身体を乗っ取らせようとしている。全体的に人物描写は型にはまっていて、ケネス・ブラナー演じる武器商人は今時どうかと思うようなステレオタイプなロシアの悪人だし、エリザベス・デビッキ演じるその妻キャットも綺麗な以外は極めてつまらない役柄で、とくに最後の展開はキャットを家庭内暴力を受けすぎて理性ある判断ができなくなった女性として矮小化している。南アジア系は数名出てきていて、プリヤ(ディンプル・カパディア)やマヒア(ヒメーシュ・パテル)は多少マシなキャラだと思うのだがそんなに深く描かれているわけではないし、黒人の登場人物は主人公以外出てこない。そんな中で唯一、奥行きがあるのが白人男性であるロバート・パティンソン演じるニールだ。この男は崩れた色気があり、また背景をそれとなく感じさせる発言などがあって魅力的だ(あとアーロン・テイラー=ジョンソン演じるアイヴズも、背景はわからないがそこそこ魅力はある)。ひとりだけ出てくる主人公の黒人男性は観客に乗っ取られることが前提で、人種や性に関する描写はステレオタイプばかり、奥行きのあるキャラクターは白人男性だけというこの展開は、現在の映画における人種のポリティックスを考えるとものすごく問題含みだと思う。

 ノーランが『ブラッククランズマン』を見てジョン・デイヴィッド・ワシントンを選んだという話はけっこう示唆的だと思う。というのも、この作品でもワシントンは白人であるアダム・ドライヴァーに(双方あまり乗り気ではないのだが)身体を乗っ取られる役だった。『ブラッククランズマン』は人種の政治そのものがテーマの作品だし、以前『ユリイカ』で書いたようにスパイク・リーは身体が使われることに関するテーマを追求している監督なので、『ブラッククランズマン』はワシントンの何でもそつなくこなせそうである一方、アクが少なくて言ってみれば「乗っ取りやすい」(アダム・ドライヴァーとかに比べると明らかにアクが少ない役者だと思う)個性をかなり深く生かしていたと思う。『TENET テネット』はワシントンのそういう個性をあまり問題化せずに無批判に使っていて、黒人男性としての身体を観客にのっとらせるみたいな作りになっている。この作品を見ている我々は、期せずして『ゲット・アウト』の白人たちみたいな立場に置かれるようになってしまっているのでは…と思う。

 

ゲット・アウト(字幕版)

ゲット・アウト(字幕版)

  • 発売日: 2018/01/19
  • メディア: Prime Video