期限つきのユートピア~『燃ゆる女の肖像』(試写、ネタバレ注意)

 試写でセリーヌ・シアマ監督『燃ゆる女の肖像』を見た。

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 舞台は18世紀のフランスで、語り手である女性画家マリアンヌ(ノエミ・メルラン)の回想という枠に入っている。マリアンヌはとある孤島に呼ばれ、屋敷の令嬢エロイーズ(アデル・エネル)のお見合い用の肖像画を描くことになる。ところがエロイーズは頑なに結婚を拒んでいて肖像画を描かれることを拒否しており、さらにエロイーズの姉は結婚を拒否して自殺したらしいので、エロイーズの母(ヴァレリア・ゴリノ)は警戒してマリアンヌを画家ではなく散歩の付き添いだということにし、エロイーズの顔を覚えさせてこっそり絵を描かせようとする。エロイーズとマリアンヌは次第に親しくなり、さらに女中のソフィ(ルアナ・バイラミ)とも仲良くなるが…

 

 ものすごくロマンティックな正統派の恋愛映画である。マリアンヌとエロイーズが親しくなっていく様子が丁寧にゆっくり描かれるのだが、マリアンヌは絵が出来上がるまでという期間限定で屋敷に滞在している上、エロイーズはミラノに嫁ぐ計画が着々と進んでいる。孤島に住んでいるので逃げられる手立てもない。2人で幸せになれる見込みが全くないまま激しい恋が燃え上がる様子を考え抜いた台本と映像で描いており、雰囲気とか撮り方はちょっと『君の名前で僕を呼んで』に似ているが(とくに最後の不自然なくらい顔だけを撮ったショット)、だいぶ大人な味わいの作品だ。

 この映画の特徴のひとつは、完全に女性の世界を描いた作品だということにある。主要登場人物の4人は全員女性で、男性は最初と最後にエキストラみたいに出てくるだけだ。エロイーズが結婚しなければならないという点では男性に人生が振り回されているということになるのだが、実質的には結婚をすすめているのはエロイーズの母親なので、いったいエロイーズの求婚者がどういう人なのかとかも全くわからず、この映画はあまりそのへんに興味がない。女中のソフィが中絶をするのにエロイーズとマリアンヌが協力するくだりなどは大変丁寧に描かれているのだが、ソフィの相手の男も一切出てこない。見る主体である画家のマリアンヌが女性だということも含めて、この映画は全てを徹底的に女性視点で描こうとしている。エロイーズの母が留守にしている間、エロイーズ、マリアンヌ、ソフィは身分を超えて自由に付き合い、期限つきの女だけのユートピアとでも言うべきものが生まれる。

 この見る主体としての女性というテーマが際立っているのが、ソフィが中絶手術を受けるあたりの描写である。ソフィに中絶の処置をしてくれる女性の家には赤ん坊がいて、手術中のソフィの脇には赤ん坊がおり、まるで中絶じゃなく出産のように見える。そしてその後、エロイーズのすすめでマリアンヌはソフィが中絶を受けた時の様子を思い出して絵に描くことにするのだが、ここもたぶん絵面としてはかなり出産に近いものになる。中絶は悪いもの、出産は祝福されるものと考えられており、全く違うものとしてとらえられがちだが、このソフィの中絶まわりの描写は、実はいずれも女にとっては古くから常に存在している生殖にかかわる行動のひとつに過ぎず、どちらも危険で実際はそう変わらないのだということを示唆するような展開になっている。3人の女性の視点を通して、中絶が女性にとっては喜ばしくはないもののよくあることとしてさらっと描かれている。

 この映画を見て謎めいていると思ったのは、冒頭で出てくる「燃ゆる女の肖像」の絵はいったいいつ完成したのか、そしてなぜ最後の場面の記憶をマリアンヌがエロイーズとの「最後の再会」として語っているのか、ということだ。これは全くの推測なのだが、ひょっとするとエロイーズは語りの時点では既に亡くなっていて、あの絵はエロイーズが既にこの世の人ではないことを暗示しているのかもしれないと思う。