昭和歌謡を駆け抜けるキャロル・キング~『ビューティフル』

 帝国劇場で『ビューティフル』を見てきた。キャロル・キングの人生を描いたミュージカルである。キングの曲をはじめとして、60年代頃のヒット曲がたくさん使われている。

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 ミュージシャンであるキングの人生を描くものなので、ふつうのジュークボックスミュージカルみたいに何かのシチュエーションを作ってそこで盛り上がって歌が入るとかいうような形ではなく、キングが何かをきっかけに曲を作ってそれが(かなりゴージャスな歌手達により)レコーディングされるというような形で歌を導入している。これはあまりミュージカル慣れしていない人にも非常にわかりやすい構成かもしれない。一応、キャロル・キングの人生をモデルにした映画としては1996年に『グレイス・オブ・マイ・ハート』が作られているのだが、かなり緩かったこの映画に比べるとだいぶキングの人生を忠実に描いている一方、架空の人物が出てくるなどの脚色もけっこうある。キャロル(平原綾香)の夫ジェリー(伊礼彼方)の不倫相手のシンガーはジャネルという名前の女性になっているが、この女性は実在しておらず、おそらくジェリーの実在する不倫相手の名前を出すのはちょっと問題があると考えられたのではないかと思う。

 全体的に、キャロルとジェリーの夫婦関係だけではなく、キャロルと仕事上のライバルでもあり、かつ親友でもあるシンシア(ソニン)や、普段はお節介だが困った時には助けてくれる母ジニー(剣幸)との関係などがかなりきちんと描かれている。とくにシンシアとの助け合いの描写は細やかで、職場で女がいがみ合うみたいなステレオタイプから完全に離れ、女性同士の連帯をきちんと描いている。 いつもは的外れなことも多いジニーが、離婚で打ちのめされているキャロルに対して、ジェリーが現れる前は1人で曲を書いていたんだからこれからだってできるはずだと慰め、キャロルがミュージシャンとして復活するあたりも、母娘関係を型にはまらない形で丁寧に描いている。キャロルと男性の仕事仲間との尊敬しあう関係もうまく描写されていて、心気症の作曲家仲間でシンシアのパートナーでもあるバリー(中川晃教)や、調子のいいことを言ってみんなを働かせようとするがいざとなると頼りになるボスのドニー(武田真治)なども良いキャラになっている。

 そういうわけで全体的に女性であること、女性同士の連帯などを強調した作品なのだが、たぶんこれにかかわる音楽的ポイントとして、とくに第一部で使われているキャロルとジェリーの曲がなんかやたら昭和歌謡っぽく聞こえるということがある。これは日本で演出しているからそう見えるのだと思うのだが、なんだこの昭和歌謡っぽさは…とよく考えてみたところ、前半部分で使われている曲は完全にジェンダーニュートラルで誰でも歌って楽しめそうな「ロコモーション」以外は、かなりジェンダースペシフィックというか「女歌」っぽいもの、「男歌」っぽいものが選ばれており、これを通して夫婦関係を描くというような方向性になっている。昭和歌謡っぽさはこの「女歌」っぽさや「男歌」っぽさを演出でも強調しているところから来るのではないかと思う。

 これに比べて、後半で使われている曲はキャロルがシンガーソングライターとして自分で歌うために作った曲が多く、夫から離れたひとりの人間としての視点が強調されている。ところが一曲だけものすごく「女歌」らしい「ナチュラル・ウーマン」が入っている。これはジェリーと共作した曲でつらい歌なのでキャロルはなかなか歌いたがらないのだが、この曲でだけ、いつもは冷静でわりと落ち着いた歌い方をするキャロルのヘテロセクシュアルな女性としてのセクシュアリティが剥き出しになる。このあたりの選曲は大変上手で、またパフォーマーたちもよく盛り上げていて良かった。

グレイス・オブ・マイ・ハート(字幕版)

グレイス・オブ・マイ・ハート(字幕版)

  • 発売日: 2014/01/01
  • メディア: Prime Video