庭と国家~『ハンサード』(NTライヴ)

 ナショナル・シアター・ライヴで『ハンサード』を見てきた。サイモン・ウッズ作、サイモン・ゴドウィン演出で、2019年の公演である。

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 1988年、サッチャー政権下のイギリスのコッツウォルズが舞台である。保守党の議員であるロビン(アレックス・ジェニングス)が不仲な妻ダイアナ(リンジー・ダンカン)のところに帰ってきてからの夫婦喧嘩を描いた2人芝居である。ひとつの部屋で1時間30分くらいで展開する作品だ。タイトルのハンサードというのは英国議会の議事録を示す言葉である。

 基本的にイギリス版の『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』という感じである。『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』よりはイギリス風のユーモアが詰まっていて笑えたし、あんまり長くなくてこじんまりしているのも良い。ただ、基本的に私はこういう夫婦が中心の深刻な家庭劇みたいなものは個人的にあんまり得意ではないのと、あとずーっと夫婦が不穏な雰囲気で言い争いをしているだけでやっと最後のほうになってからこの不仲の原因が明確にわかってくる…という展開は気を持たせすぎで、ちょっと途中飽きてくるのではないかと思った。

 『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』のエドワード・オールビーから影響を受けているのはもちろん、イプセンの『ヘッダ・ガーブレル』が途中で言及されるし、またけっこうシェイクスピアの引用がある。注目すべきは『リチャード二世』の引用が入っていることで、『ハンサード』も『リチャード二世』も、庭と国家が重ね合わされている作品である。『リチャード二世』では庭園で王妃がリチャードの消息を聞く場面があるが、『ハンサード』でも観客には見えないが外にある庭が重要で、ロビンが帰宅したら庭がキツネに荒らされまくっているというところから始まる。庭は伝統的に国家を象徴するので、庭が荒らされているというのはイギリスという国が荒れているということだ。さらにロビンが室内にある植木鉢をぶちまけるなどさらに植物が荒らされる描写があるし、またロビンがやたら庭にこだわっている理由も最後で明かされており、この芝居はまあガーデニング劇と言えるくらい庭が重要な作品だ。