すごく良くできている作品だが、社会性がありすぎて…『ソウルフル・ワールド』(配信)

 ディズニー/ピクサーの『ソウルフル・ワールド』を配信で見た。

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 主人公は音楽教師で売れないジャズミュージシャンであるジョー(ジェイミー・フォックス)である。ジョーはやっと学校で非常勤から正規雇用にしてもらうことができたが、同じタイミングで有名なミュージシャンであるドロシア・ウィリアムズ(アンジェラ・バセット)のライヴでピンチヒッターとしてピアノを弾く仕事の話が来る。夢が叶うかもと浮かれたジョーは注意力散漫になって道路でマンホールに落っこちてしまい、昏睡状態でジョーの魂(ソウル)があの世に向かう。自分が死にかけていると気付いたジョーの魂はなんとか死から逃げようとするが、ひょんなことから人間が生まれる前の世界に迷い混んでしまう。生まれる前の世界はまだ人間界に誕生していない生命のソウル(魂)たちがいろいろ生まれるための準備をするところで、ソウルたちは亡くなった人の魂である師匠について自分の「きらめき」を見つけると、生まれる準備が完了したということでパスをもらえて地上に生まれることができる。ジョーはここで、長いこと訓練をしているが全く「きらめき」を得られず、生まれたくないと言っているソウル22番(ティナ・フェイ)と会い、2人で組んでジョーが地上に戻る道を探る。

 かなり風変わりな設定で、1時間40分くらいの子供向け映画にしては話も複雑である。テーマも「なぜ人は生まれるのか」という実存的、哲学的なもので、たぶん子供の哲学入門みたいな映画なんだと思う。三部構成でひねりのある台本といい、設定が複雑なわりに言葉で説明しすぎずにうまく見せる細やかな演出といい、たいへん良くできている作品である。生まれる前の世界にいるテリーとかジェリーのジョアン・ミロっぽい二次元の線の造形も面白いし、とくにジャズの描写がしっかりしている。『ラ・ラ・ランド』などにある、あまりジャズをよく知らない人でも「なんかわざとらしいような…」と思ってしまうような描写がない。昔の名作を思わせるようなところがたくさんあるのも映画ファンには面白いところで、フランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生!』は間違いなくあるだろうし、ちょっと意外なところでは『恋人たちの予感』のオマージュと思われるセリフがある。

 …ではあるのだが、私はあまり個人的に趣味ではなかった。というのも、やはりディズニー/ピクサーの映画であるため、この映画はものすごく社会性重視というか、社会とつながることを重要視しているからである。まず、はねっかえりの22番が地上に生まれるためにいろいろなことをするという展開じたいがそういう社会性重視の表れである(私は人間嫌いなので、生まれる前の世界もそんなに悪いところじゃなさそうだし、なんでずっとあそこで暮らしていてはダメなんだろうと思ってしまう)。基本的に、これは社会に馴染めない子供を適応させて社会に返すまでの話で、馴染めないままマイペースでやっていくという選択肢はないらしいのである。

 また、これは『アナと雪の女王』でもそうだったのだが、ディズニーの映画って芸術に必ず社会性を求めてくると思う。途中で自分の芸術に没入した芸術家が入る「ゾーン」というのが出てきて、これはどうも生と死の境界みたいなところにあるようなのだが、迷える魂を救う活動しているムーンウィンド(グレアム・ノートン)によると、没入状態である「ゾーン」に入るのと迷える魂になるのはあんまり変わらない。「ゾーン」に入るのは楽しいのだが、没入しすぎて取り憑かれたようになると迷える魂になってしまうらしい。別にこの映画は芸術にハマるのを批判しているとかいうわけではないのだが、どんな芸術をやっていても必ず社会とつながっていないと迷える魂になってしまうという基本的な考えが強固に存在する。ひとりで作りたいものばっかり作っている孤独で偏屈な芸術家、というのはディズニーアニメでは存在を認めてもらえない。

 さらに言うと、これはジャズが題材で地上の登場人物の大半はアフリカ系アメリカ人だが、けっこう古風な映画ではあると思う。ジャズとか地域の男の人たちが集う理容室とか、アフリカ系アメリカ人文化をきちんと描いているのだが、一方でアフリカ系アメリカ人の若い男性が人生で直面する人種差別に起因する問題とかはあんまり描かれていない(理容師のデズが娘の病気で獣医になれなかったというのはそれをほのめかしているのかもしれないが)。あと、これは古風と言うよりはむしろコントロヴァーシャルと言えるかもしれないのだが、全体的にこの映画、プロライフというか、アメリカで中絶に反対している人がめちゃくちゃ好きそうな話だと思う。人生というのはそれだけで価値があり、日々の体験に幸せがある、というメッセージには別にコントロヴァーシャルなところは全くないと思うのだが、これに人は生まれる前から魂を持っていてそれはかけがえのないものだとか、赤ん坊というのは魂の世界で準備をしてから生まれてくるんだとかいうような発想が絡んでくると、「だから赤ん坊を中絶してはいけない」となるので、正直プロライフの発想だと思う(と思ったらキリスト教系メディアではやっぱりプロライフな話だと絶賛されてた)。ジェリーは世俗化されてはいるものの、まあやっぱりアメリカ人が考えそうな神様に近い(スピリチュアル路線であるという点では『アナと雪の女王2』にも近いのかもしれない)。正直、これは一見、土着信仰ホラーのようでいて無神論的だった『ミッドサマー』とかよりもずっと宗教的、キリスト教的な映画だと思う。