シュールなコメディ~『天国にちがいない』

 エリア・スレイマン監督の新作『天国にちがいない』を見てきた。

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 パレスチナキリスト教徒であるスレイマン監督10年ぶりの長編新作である。本人が限りなく本人に近い役で出てきて(業界人としてガエル・ガルシア・ベルナルがほんのちょっとだけ出てきたりする)、自宅のあるナザレスから仕事の都合でパリとニューヨークに行く…というだけで、あんまりはっきりした話はない。この作品に出てくるスレイマン監督は大変寡黙な人なのだが、周囲ではおかしなことばかり起こる。だいたいは素っ頓狂で面白可笑しいことが起こるのだが、かなり不穏なことも起きており、これがどうもパレスチナで起きていることのメタファーになっていて、スレイマン監督の行く先々が比喩的な意味でパレスチナになる…というか、そもそも世界のどこにもパレスチナとそんなに変わらないような暴力とか腐敗があるのではないかということが示唆されている。

 しかしながらスレイマン監督じたいは危険なことが起こってもなぜか切り抜けてしまう。武装した人やら危険そうな人やらがやたら近づいてくるのだが、なぜかスレイマン監督じたいは無視されることも多い。これはパレスチナキリスト教徒という周縁の中でもとびきり周縁化されてしまっている人たちの存在(しょっちゅう危険な目にあっているのだが、比較的世界の目に届きにくい)を示唆しているのかもしれない。

 ジャック・タチとかチャップリンみたいな台詞に頼らないコメディでかなりシュールなので、たぶんスレイマン監督の作風は「パレスチナの映画」というものから一般人が想像するものとはだいぶ違う。この映画はそれじたいをネタにしていて、パリではスレイマン監督は映画が十分にパレスチナっぽくないということで制作費を出してもらえなくなるし、ニューヨークでもさっぱり仕事がうまくいかない。この映画は人々が「パレスチナ」に対して抱いているイメージを問い直すものでもある。