この現象の新しさはわかったが、古さはまだ掘り下げられていない~『フィールズ・グッド・マン』

 『フィールズ・グッド・マン』を見てきた。全く政治色のないのんきなコミックだった『ボーイズ・クラブ』のキャラクターだったカエルのペペがアメリカのネット右翼ミームとして勝手に使われ、暴力的な表現と見なされるようになってしまうまでと、作者マット・フュリーのそれに対する抵抗を取材したドキュメンタリーである。

feelsgoodmanfilm.jp

 大変取材が行き届いたドキュメンタリーで、中心人物であるクリエイターのマットやその仲間たちはもちろん、ミームの説明をするために出てくるスーザン・ブラックモアをはじめとしてかなり研究者も登場する。4chanに常駐しているらしい人とかオカルト研究家のジョン・マイケル・グリアとか、(少しオカルト風味の)ちょっと怪しい雰囲気で話す人たちも出てくる…のだが、とくにこのグリアはなんだか私が考えるステレオタイプな魔術師にかなり近い雰囲気の人で、信憑性はともかくえらく面白い。私設の立派な文庫みたいなところでカエルのペペが帯びる魔術的な意味とかをものものしく説明してくれるのだが、言っている内容は全く信じられないようなとんでもないことばっかりである一方、少々ユーモアを見せたかと思えば突然重々しく知性を感じさせる雰囲気になったり、どこまでマジなのだろうか…と思いながら聞いていた。全体として、ミームとはどういうものかとかも含めて、現代において受容者が異常とも言えるようなクリエイティヴィティを発揮し、それがネガティヴな方向性に流れて行く様子が詳しく描かれている。マットさんは大変にお気の毒としか言いようがなく、たしかに最初は対処が甘かったのかもしれないが、こんな誰も経験したことがないような事態に一介のアーティストが対処できるはずもないし、まったく責められるようなことではないと思った。最近私が一部を訳した『コンヴァージェンス・カルチャー』と重なるような内容で、大変面白かった。

 ただ、一点ちょっと思ったのが、カエルのペペ現象の新しさについてはたいへんよく掘り下げられており、詰め込みすぎと言ってもいいくらいの情報量なのだが、一方でこの現象の「古さ」についてはあまり言及がないところが気になった。途中で一瞬だけハーケンクロイツの話が出てくるのだが、とくに政治性のないシンボルが濫用のせいで悪い意味を持つようになるというのは別に新しいことではなく、ハーケンクロイツもそうだったはずだ(最初はただの卍の一種で、どうってことない縁起の良いしるしだったはずだが、ナチスが使ったことで世界的にネガティヴな意味を持つようになった)。カエルのペペの意味の変質は著作権者がまだ元気な最中に異常な速さで進行したのでえらいことになったが、マットさんがお亡くなりになった後に起こったことだったとしたら、歴史的によくあることとして処理されたのではないかと思う。欲を言えば、こういう歴史的にシンボルの意味が変質してしまう事例についてなんらかの共通性を抽出するような分析も欲しかった。