浮遊する恋~コメディ・フランセーズinシネマ『シラノ・ド・ベルジュラック』

 Bunkamuraル・シネマでコメディ・フランセーズinシネマ『シラノ・ド・ベルジュラック』を見てきた。2007年のドゥニ・ポダリデス演出のプロダクションを撮影したものである。上演以外に少しだけ演出家の説明などもついており、きちんと映画館で上演できるようにまとめられている。

 先日NTライヴの現代的な『シラノ・ド・ベルジュラック』を見たばかりだが、こちらのコメディ・フランセーズの上演はわりとオーソドックスなものである。シラノ(ミシェル・ヴュイエルモーズ)は大きな付け鼻をつけているし、衣装や装置も17世紀風だ(衣装はクリスチャン・ラクロワが担当しているそうで、昔風とはいえおシャレである。)。日本でフランスの伝統的な舞台を見られる機会というのはそう多くないし、これだけちゃんとした画質・編集で日本語字幕もついているものを大画面で見られるというのは貴重な機会だ。

 奇をてらった演出はあんまりなく、正攻法でロマンティックかつ喜劇的に仕立てているのだが、一方でいくつかけっこう視覚的に面白いところがある。冒頭で劇場の大がかりなセットが早変わりするところとか、ラグノーの菓子屋の場面で上から厨房(お菓子の材料だけじゃなくお肉とかもある)のセットの一部が降りてきたりするところはかなり見栄えがするし、第4幕の戦争の場面では音の入れ方とかがけっこうモダンな感じで、17世紀の戦いというよりは第一次世界大戦塹壕戦とかを思わせるような疲弊した雰囲気だ。クリスチャン(ロイック・コルベリー)がシラノの陰に隠れてロクサーヌ(フランソワーズ・ジラール)に求愛するところでは、突然セットが消えてロクサーヌが空中浮遊するというちょっとびっくりするような演出があり、ここはロクサーヌが恋心のおかげで有頂天になっている様子をわかりやすすぎるくらいはっきり示している。このプロダクションのロクサーヌは、知識や機知の点では優れているが地に足の付いていない夢見がちなオタク女子みたいなところがあるので、高鳴る心で空中浮遊してしまうという演出はぴったりである。

 あと、このプロダクションは3時間くらいある長いもので、たぶんほとんどカットしていないと思われる。このため、冒頭の劇場ネタとかはあまりフランス演劇を知らない人にはわかりにくかったりもするのだが、一方で実はシラノは別に女に好かれていないわけではないのじゃないか…ということもわかるようになっている。シラノは冒頭では劇場で食べ物売りの女性に称賛されたり、第5幕ではリベルタンのくせに修道女たちから気に入られたりしていて、決して本人が信じているような女性に好かれないみじめな男ではないはずなのだが(顔はかわいくないかもしれないが人間の魅力というのはそういうことだけで決まるのではないし、シラノは文武両道の才人で面白くて誠実なので人に好かれる要素がたくさんある)、カットなしでやるとそういうところが細かい台詞や演出からけっこうはっきりわかるようになると思った。