3台のピアノとリアの悪夢~サテュリコン劇場『リア王』(配信)

 サテュリコン劇場により上演された『リア王』の期間限定配信を見た。ユーリ・ブトゥソフ演出のものである。ロシア語で英語字幕がつくのだが、もとの翻訳台本はパステルナークなどが翻訳したものを使っているようだ。

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 現代の衣装を使った上演で、全体にザラザラした陰鬱な感じにまとめあげたプロダクションだ。3台のピアノが後ろに置かれたセットなのだが、序盤の宮殿で展開するところはわりと舞台右側の台(剥き出しの木の板の上に学校で使うような椅子が置いてあるだけで、まるで宮廷というよりはお金のない公共施設みたいな見た目である)が設置された場所だけで進むのでちょっとせせこましい印象を受けるものの、だんだん舞台の左側や前方も使うようになり、終盤は赤い布の上でグロスター家の兄弟対決が行われるなど、わりと使う空間が広くなる。登場人物はみんな現代人っぽく、リア(コンスタンティン・ライキン)は最初など丸い帽子をかぶったちょっとラフな格好で出てきていて、本当に退職間近の頑固なおじいさんみたいな感じである。

 暴力描写はわりと特徴的である。序盤のエドマンド(アノトン・クズネコフ)が自分を傷つけて大けがしたフリをするところでは、剣が刺さって派手に血糊が出るのだが、それ以降のより深刻な暴力描写はけっこう抑制的というか象徴的で、ドバっと血が出るというよりは音楽やダンスのような動きで多少のブラックユーモアをもって示される。グロスター(デニス・スクハノフ)の目がくりぬかれてコーンウォールコンスタンティン・トレチャコフ)が死ぬところなどはみんなが踊り狂っていて悪夢みたいだ。

 最後はもとの台本とかなり異なっていて、今まであまり見たことのないような終わり方になっている。3台のピアノにそれぞれ亡くなったリアの3人の娘であるゴネリル(マリナ・ドロボセコワ)、リーガン(アグリッピナ・ステクロワ)、コーデリア(マリヤナ・スピヴァク)が座り、リアがひとりずつ娘たちをきちんとピアノの椅子に座らせようとするが全然うまくいかなくて、死体となった娘たちがピアノに崩れ落ちるという非常に印象的な演出になっている。このプロダクションではわりと最初はゴネリルとリーガンがコーデリアと親しそうな感じで、もとから全員不仲な家族ではなかったらしいことが示されている。この最後の演出は、リア自身がおそらく、自分が家族の不和を生み出し、3人の娘の死の原因を作ったことに責任を感じていることを暗示するようなものである。ふつうはリアが亡くなって終わるのだが、この悪夢みたいな演出は別の意味でかなり残酷であり、またリアの人間らしさを際立たせるものだと言える。