ものすごく舞台劇っぽい構成~『ファーザー』(試写、ネタバレ注意)

 『ファーザー』をオンライン試写で見た。本作の監督もつとめているフローリアン・ゼレールの戯曲『Le Père 父』が原作で、この芝居は大当たりして既に一度フランスで映画化もされている。アンソニー・ホプキンズがかなりの番狂わせでアカデミー主演男優賞を撮った映画である。

thefather.jp

 年老いて認知症が悪化しつつあるアンソニー(アンソニー・ホプキンズ)が主人公の作品である。ほぼ認知症のアンソニー視点で語られるので(たまに娘のアン視点になることもあるが)、話は直線的に進まない。ちょっと誰かが部屋を出入りするだけでシチュエーションが変わってさっきまでいたはずの人が別人になったりする。

 アンソニーを視点人物にすることで、認知症の主人公が感じる孤独や不安を如実に描き出そうとしたところがこの映画のポイントである。アンソニー・ホプキンズが主人公を大変見事に演じており、認知症になるというのが本人にとってどれだけ大変なことなのかに内側から迫ろうとしている。最後に葉が全部落ちていくようだ、枝や風や雨のせいだと言いながらアンソニーが涙するところは、ちょっとシェイクスピアの『十二夜』の最後にフェステが人生について歌う'The Wind and the Rain'を思わせるところがある。

 全体的に非常に舞台劇っぽい作りである。とくに冒頭の何も説明なくアンソニー視点でいろいろシュールな出来事が起こるところはハロルド・ピンターの『誰もいない国』などを思わせる不条理劇みたいな展開である(アンソニーにとっては日常的に世界がこうなってしまっているわけだが)。ただしピンターとかベケットなどに比べるとはるかにわかりやすいし、きちんと話を全部回収する巧みな台本になっている。話の収拾のために同じ箇所を二回やるというところがけっこうあるのだが、それでもダレないのはたいしたものだ。こういう語り口は舞台劇が得意としているものだと思うのだが、この映画は自然の描写や窓から外を見るアンソニーの動きなど、舞台だとやりにくいような場面も折々で効果的に使って非常にしっかりした映像化になっていると思った。