こんな題材をちゃんとしたミュージカルに…『アンジェラの灰』(配信)

 『アンジェラの灰』をニューヨークのアイルランド演劇専門の劇団であるアイリッシュ・レパートリー・シアターの有料配信で見た。フランク・マコートの有名な自伝的小説(映画化もされている)をミュージカル化したものである。台本はポール・ハート、歌はアダム・ハウエルが担当し、演出はトム・サザーランドである。これはダブリンのオリンピア劇場で収録されたものである。

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 小説を読んだか映画を見た人なら知っていると思うのだが、『アンジェラの灰』はとにかく悲惨きわまりない話である。そこまで事実に基づいているわけではなく、ずいぶん悲惨な方向に盛ってあるらしいのだが、アメリカに移民したマコートの家族がアイルランドのリムリックに戻って貧しい暮らしをする様子を描いたものである。貧困地域の支援にかかわってる人がよく言っている、子どもがいる貧しい家庭を支援するなら母親に直接金を渡さないといけない、父親に渡すと全部自分のために使ってしまうから…という話そのまんまの内容で、とにかくフランクの父マラキが飲んだくれて全然、家にお金を入れないせいで一家が困窮する。一応、最後は主人公のフランクがお金をためて渡米する。

 まったくミュージカルに向いているとは思えない題材で、正直なところAngela's Ashes: The Musicalというタイトルを見ただけでちょっと冗談かと思ってしまった…のだが、そういう先入観を吹き飛ばすちゃんとしたミュージカルである。そつの無い作りで、最後はちゃんと明るい雰囲気で終わる。小説にはところどころにユーモアもあるのだが、この舞台はそれを生かしてかなり笑えるところもあり、歌詞がひどすぎて可笑しいみたいなブラックユーモアたっぷりの歌もある。

 フランク(オーエン・キャノン)は大人の俳優が演じていて、視点人物として物語をすすめていく。リムリックは不景気である上に閉鎖的なところがあり、北側のアントリム出身であるマコート家の父マラキ(マーティ・マグワイア)は訛りのせいでよそ者扱いされて仕事が見つからず、仕事が見つかっても全部パブで飲むのに使ってしまって全然、家族を支えなければならないという自覚が無い。そのくせにカトリックで避妊はしないのでたくさん子どもが生まれ、母アンジェラ(ジャシンタ・ホワイト)は慈善に頼って生きるほかなくなる。このへんはあまりにも悲惨で本当にひどい父親だ…と思うのだが、そんな中でもなんとか子どもたちを養おうとするアンジェラを演じるホワイトが大変上手で、歌も演技も非常にしっかりしている。最後までとにかく悲惨でたまにショッキングなところもある展開なのだが、二層になっている動きやすいセットを舞台に、アイルランド風のあまりじめじめしない音楽と笑いできちんとまとめあげている。