地方自治体と国家~『ボストン市庁舎』(オンライン試写、ネタバレ注意)

 フレデリック・ワイズマンの新作『ボストン市庁舎』をオンライン試写で見た。

cityhall-movie.com

 ワイズマン流のフライ・オン・ザ・ウォール(壁のハエ)方式でひたすらボストン市の行政を取り続けたもので、4時間半くらいある。市民生活のあらゆる課題が出てきており、気候変動対策の港湾強化、住宅問題、ゴミ処理やネズミ駆除などの公衆衛生、ラティンクスなどマイノリティのキャリアと雇用、ホームレス支援、銃撃事件みたいな課題の解決から、記念日に行われる退役軍人イベントやボストン・レッドソックスの優勝お祝いパレードみたいな市民の交流行事の調整まで、とにかく市が処理しないといけないことが次から次へと出てくる。これを市のトップと市民たちの意見交換を通して改善していくということで、時間も手間もかかるのだが、これこそ民主主義なんだな…と思わせてくれるところがたくさんある。

 ワイズマンの映画としては珍しく「主人公」級の人物がおり、民主党のマーティ・ウォルシュ市長の仕事を取材するという感じの作りになっている。この市長はとにかく勤勉にいろんなところに出て行って市民と意見交換しており、相当に優秀なんだろうな…と思ったら、現在は市長を辞めてバイデン政権の労働長官だそうだ。ところがこの人が市長だった頃は大統領がトランプだったので、中央政府が無能すぎ、気候変動対策をはじめとして国がロクに仕事をしないため、地方自治体が率先していろいろ市民生活を支えるための業務を引っ張っていかないといけない。休むヒマもないわけだが、この市長は自分がアイルランド系だということをとても誇りに思っているようで、マサチューセッツ州を支えてきたアイルランド移民コミュニティの一員としてその遺産を大事にしながらボストンの文化を守ろうとしている。ラティンクスの雇用イベントでは、昔はものすごい差別を受けていたアイルランド移民がいかにアメリカを作り上げ、政治参画によって力を得て差別を減らしてきたかを語っており、これはかなりアイルランド移民とボストンの歴史をちゃんと勉強していないとできない説明だと思って感心した。

 しかしながら、映画としてはかなり難しいところもある…というか、ワイズマン流の一切、説明もテロップもないフッテージがずーっと続くので、体力が必要だ。さらに私はアメリカの地方行政に全く詳しくなく、アメリカに住んだこともないので、比較的システムに馴染みがあった図書館を題材にしている『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』よりもわかりづらく感じた。しかもいろんな会議がひたすら出てきて、「これはどういう人が出席するどういう性質の委員会なんだ?」ということを会話の内容から自分で判断しないといけない…というか、大学で教えていると何で自分が呼ばれたのかよくわからない会議に出ないといけないことが多く、そういう時のことを思い出してしまってけっこうキツかった。さらに手持ちカメラで撮っているところがあって、そんなに多くはないのだが少々手ブレもあり、見ていて疲れることもある。

 ちょっとビックリしたのが、4時間以上続いた後、映画が最後に警官による国歌斉唱と市長による「ボストンから国を変えよう」というスピーチで終わることである。ここまでかなり地方自治体の自律的な運営の話だったのに、最後がちょっとエモーショナルな感じであまりにも自然に国家と愛国心につながって終わるというのは、アメリカではたぶん綺麗な終わり方なのだろうが、日本で見ていると「え、ここで国家に開かれて終わるんだ…」と感覚の違いを感じた。しかしながらこれがこの映画のメッセージ…というか、地方政府がちゃんとしてこそ国があるのであり、市民が地方自治体を通して国家に働きかけることが重要で、地方政府は市民のそうした権利を守り、環境を整備する責務があるということの表明なんだろうなと思う。