主役は大変良いが、あとはふつう~ヤング・ヴィク『ハムレット』(配信)

 ヤング・ヴィクの『ハムレット』を配信で見た。グレッグ・ハーゾフ演出で、ハムレット役を女優のクシュ・ジャンボが演じるというものである。

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 箱に錆びた金属の柱(どっちかというと太いついたてと言うべきか…)みたいなものが置いてあるセットで、ここにたまに人影がうつるのがちょっと不気味である。ハムレットの父の亡霊(エイドリアン・ダンバー、クローディアスと二役)はわざとはっきり姿が見えないようにしていて、ほとんど舞台上には現れないし、ハムレットと話すために現れた時も照明を落として顔が見えないようにしてある。衣装はかなり現代的で、わりとカジュアルな衣装も似合うガートルード(タラ・フィッツジェラルド)に比べてクローディアスはきちっとしたスーツを着込んでたり、ローゼンクランツ(タズ・スカイラー)とギルデンスターン(ジョアナ・ボージャ)はなどはあんまり真面目に考えずにファッションでヒップホップをやってる若者みたいな衣装を着ていたりする。

 このプロダクションの目玉はハムレットの魅力である。坊主頭にくだけた格好でギョロっと目をむいて動き回るクシュ・ジャンボのハムレットは、両性具有的でとてもカリスマがある。お父さんが亡くなったことでクサっていていつも不機嫌そうな怒れる若者だが、オフィーリア(ノラ・ロペス・ホールデン)と踊るところでは明るい表情を見せる。劇中劇の後ではドンドリアとバウ・ワウの"Boy Stop"でバウ・ワウが歌う王子様に関する箇所をラップしており、ローゼンクランツとギルデンスターンに比べるとかなり本気でラップなどを聞いていそうだ。頭の回転の速いハムレットで、ふだんはイライラして早口でしゃべっているのだが、独白で死や覚悟について考えるところでは急にセリフがゆっくりになり、憂鬱に苛まれて躊躇していることがよくわかる。いかにも現代女性らしいオフィーリアとのやりとりも良い。かなりメンタルヘルスの問題を抱えている感じのハムレットで、暴力的だし不愉快でもあるが、大変人間味がある。

 一方で、演出があまりにもストレートにふつうにやりすぎていて、この不機嫌でカリスマ的な王子のキャラクターをあんまり生かせていないように思った。このハムレットのイライラをもっときちんとデンマークの政情に結びつけて盛り上げるというようなことができればいいのだが、そのへんがあまり効果的にできていないと思う。笑えるところはけっこうあり、つまらないプロダクションというわけでは全くないのだが、こういうカリスマ的で風変わりなハムレットが主人公の時は演出ももうちょっとエキセントリックにしてもいいのでは…という気がした。

 なお、この上演は何種類かカメラがあって見ている人が切り替えることができるのだが、切り替えを試したところほとんどエラーになって全く切り替えはできなかった。実質、ディレクターズカット(おすすめモードみたいなやつ)で見るしかなかった。英語字幕とイギリス手話はちゃんとついている。