書くことの力~『モーリタニアン 黒塗りの記録』(ネタバレあり)

 『モーリタニアン 黒塗りの記録』を見てきた。

www.youtube.com

 キューバグアンタナモ収容所で実際に起きた出来事をベースにした映画である。モーリタニア人のモハメドゥ・スラヒ(タハール・ラヒム)は9.11テロに関わった重要なリクルーターとしてしょっ引かれ、裁判なしにグアンタナモ収容所に閉じ込められてしまう。ひょんなことからこの件にかかわることになった弁護士のナンシー(ジョディ・フォスター)はアシスタントのテリー(シャイリーン・ウッドリー)を連れてモハメドゥに会いに行き、裁判なしに長期間、人を収容所に閉じ込めるのは違法であるとして訴えを起こす。一方、アメリカ政府はモハメドゥを死刑にすべく、優秀な弁護士で軍人であるスチュアート(ベネディクト・カンバーバッチ)を検察側の担当にするが、調査をすすめてもあまりきちんとしたモハメドゥの罪状の裏付けが出てこず、スチュアートは困惑してしまう。

 モハメドゥは90年代にアフガニスタンに渡り、アルカイダで訓練を受けて反共側として戦ったことがあり、さらにいとこがアルカイダの重要人物だったため目をつけられていたが、90年代半ば以降はアルカイダにかかわっておらず、9.11テロに関係したという証拠は出てきていなかった。しかしながら拷問によって自白を強要された(もちろん違法である)。開示請求によって途中で自白の文書が出てくるところでは、最初からモハメドゥの実際の罪状よりは違法な拘束を問題にしていたナンシーと、モハメドゥの無実を信じていたが自白を見てショックを受けたテリー、経験や年齢の違う二人の女性弁護士の反応がそれぞれ細やかに描かれており、とくにナンシーを演じるフォスターの演技は非常に良い。信心深くて真面目で神と法に忠実であろうとするスチュアートが違法な拷問に怒って仕事を降りてしまうというのはちょっとビックリするような展開だが、これは美化しておらず、実際に起こったことだそうだ。

 本作のポイントは、モハメドゥがナンシーにすすめられて自分の経験を書くことにより、違法な拘束に抵抗して身体的な自由を得るのみならず、勇気づけられて精神の均衡を保てるようになる様子を見せているところだ。モハメドゥは十代で奨学金をもらってドイツに留学しており、さらにグアンタナモ収容所に入ってから本格的に英語を学んですぐ上達したそうで、もともと勉強好きだし語学も得意だったらしい。タハール・ラヒムの演技がとてもしっかりしているので、かなり陰惨な虐待が描かれるにもかかわらずモハメドゥの主体性が前に出ていて、単なるかわいそうな犠牲者として客体化されるのではなく、書くことで生き、抵抗を学ぶ存在として主人公が提示されるようになっている。

 そして最後に明かされるように、実はこの映画じたいがこの作中でモハメドゥが書いている物語である。このモハメドゥの自伝はいろいろ情報公開でもめたものの実際に刊行されてベストセラーになったそうで、思わぬところで文才が開花したようだ。全然違う話だが、罪に問われている人が書くことで自由を求めるというのは、この間公開されたフランソワ・オゾンSummer of 85』ととてもよく似ている。