作られた50年代~『Home, I'm Darling~愛しのマイホーム~』

 ローラ・ウェイド作の芝居『Home, I'm Darling~愛しのマイホーム~』をシアタークリエで見てきた。白井晃演出で、2018年イギリス初演の芝居の日本初演である。

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 主人公のジュディ(鈴木京香)は失業して以来、専業主婦として夫のジョニー(高橋克実)と一緒に完全に1950年代風の家、調度品、衣装、食べ物などで統一したライフスタイルで暮らすようになった。フェミニストである母のシルヴィア(銀粉蝶)は娘の暮らしぶりを肯定しないが、ジュディはこれが自分がやりたいことだからと行って行動を曲げない。ところがだんだん50年代風の暮らしにもほころびが出てきて…

 家庭回帰というのは『ハウスワイフ2.0』が出たくらいからよく耳にする(とは言えかなり特殊ではある)傾向なのだが、この芝居はノスタルジアに潜む危険をブラックユーモアで包んだコメディである。ジュディは1950年代というのはいい時代だった…と過去を理想化しているが、途中でジョニーの若い上司であるアレックス(江口のりこ)が指摘しているようにゲイとかだったらたぶん暮らすだけで大変だった時代だし、医療も今ほどすすんでいなかった。さらにこれは母のシルヴィアが指摘していることだが、イギリスでは1954年まで食料の一部第二次世界大戦の影響で配給制だったくらいで、戦争による打撃から回復するまでかなり時間がかかっていた。ジュディが暮らしている可愛らしい50年代風の家とか家具はたぶんアメリカのテレビドラマなんかに出てくるそこそこリッチなミドルクラス以上の家庭を模したもので、イギリス人が経験していた1950年代とは全然違う。50年代には、イギリスの家庭では冷凍庫はもちろん家庭用冷蔵庫すらそこまで普及していなかったはずである(1959年でイギリスの家庭の13%程度が冷蔵庫を持っていたらしい)。ジュディはほとんどイギリスに存在していなかった作られた過去に対するノスタルジアにしがみついて暮らしているわけであり、そこにこのお話のダークさがある。

 全体的にはけっこう笑えて、ジュディを演じる鈴木京香を初めとする役者陣も悪くなかった。ただ、場面が変わるところで音楽がかかって登場人物が踊るのだが、そこはあんまりダンスが板に付いていないというか、ちょっとわざとらしい感じがした。