ネコと和解せよ、そしてアンナ・カレーニナの飛翔~『マトリックス レザレクションズ』(ネタバレあり)

 『マトリックス レザレクションズ』を見た。前作は2003年ということでもうずいぶん時間がたっており、また監督はリリーが外れてラナだけになっている。

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 大変説明しにくいストーリーである上、ネタバレが危険でもある作品である。前作で消滅、というかライフサイクルを終えたはずのネオ(キアヌ・リーブス)はゲームデザイナーのトーマス・アンダーソンとして生きており、『マトリックス』というゲームシリーズで成功をおさめる一方、幻覚のせいで精神科医ニール・パトリック・ハリス)のところに通っている。ネオことトーマスは行きつけのカフェでティファニーキャリー=アン・モス)という既婚女性に出会い、どうもこの女性を知っていたような気持ちにとらわれる。

 『マトリックス』三部作に関するものすごくメタ視点な批評的分析やら(作中で『マトリックス』というゲームが世界にどんなに大きな影響を与えたかが語られている)、クィア要素もあるし(ティファニーがトリニティという名前を取り戻すまではデッドネーミングの話だろうし、ネオが作っている新しいゲームは『バイナリー』というタイトルだ)、とにかくいろいろなものが詰め込まれた作品なのだが、基本的にはめちゃくちゃロマンティックな映画だと思う。中年になってかつての人生への情熱を忘れていた男女が愛し合った記憶を取り戻して焼けぼっくいに盛大な炎がともるという、まあ『隣の女』とかみたいな恋愛映画である。そして前作ではトリニティがネオを信じるのが重要だったが、今回なネオがトリニティを信じるのがキーになってくるということで、男女の対等で相互的かつ情熱的な愛の物語になっている。

 基本的にはミュージカルスターがみんなでネオの恋路を邪魔するみたいな話である。以前はあまり感情的な機微とかを気にしなそうな感じだったエージェント・スミスヒューゴー・ウィーヴィングから、ミュージカルスターで当たりが柔らかいがイヤな奴の役が得意なジョナサン・グロフに変わったせいで、なんかものすごくたちの悪い元カレみたいな感じになっている。さらにこれまたミュージカルスターのニール・パトリック・ハリスもひたすらネオとトリニティの恋路を邪魔しており、なんとなく油断できない感じがとても効果をあげている。そしてニール・パトリック・ハリス先生はデジャヴでおなじみの黒ネコを飼っているのだが、最初はどうもこの黒ネコとうまくいっていなかったネオが最後には完全に黒ネコと和解してネコをもふれるくらい人生に対して余裕を持てるようになるというのが本作の感動ポイントである(?)。

 この映画のポイントとして、「愛は結婚の外にある」ということを描いているということがある。トリニティには夫と子どもがいるが、妻・母親として生きるのは実はトリニティらしい人生ではないということがかなり明確に示されている。迷った末、家庭を捨てたトリニティが運命の恋人であるネオのところに戻ってくるのが本作の山場のひとつなのだが、こういうふうに中年の女性が堂々とロマンスのために家族を捨てられるようになったというのは非常に面白い…というか、不倫ロマンスものだと『アンナ・カレーニナ』やケイト・ショパンの『目覚め』みたいに、女性が不倫して家族を捨てると必ず罰されるというのが定番なので、トリニティが今までの人生が偽りだったと知って迷った既に出て行くのがとても清々しく見える。そして『マトリックス レザレクションズ』のアンナ・カレーニナことトリニティは最後、愛するネオと手に手を取り合ってビルから飛び降りるが、アンナみたいに列車に轢かれることもなく、トリニティ自身の力で飛翔する。とにかく愛が大事であり、愛されあれば何でもできるという、イマドキ珍しいくらい臆面もなく(不倫の)愛の力を歌い上げたロマンス映画である。