20年にわたる企業との戦いを描いたリアルな映画~『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』

 『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』を見た。トッド・ヘインズの新作で、実話に基づく物語である。

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 弁護士のロバート・ビロット(マーク・ラファロ)は祖母の知り合いだというウィルバー(ビル・キャンプ)から、自分の農場の牛がどんどん死んでおり、近くのデュポン社の工場の廃棄物が原因ではないかという訴えを聞かされる。最初はあまり真面目に取り合わなかったロバートだが、だんだんきなくさいものに気付き、調査を進めるうちにデュポン社がテフロンを作る時に使っていたPFOAという物質が有害であることを会社が隠していたことを突き止める。ロバートは20年にわたり、デュポン社との法的な戦いに心血をそそぐことになる。

 実話がベースということで、1990年代末にロバートがウィルバーと出会ってから次々と起こる訴訟がえんえんと描かれる。ウィルバーの件があまりすっきりとは言えない形で決着したと思ったら、今度は同じ町でより広い水道水汚染疑惑や別の健康被害疑惑が出てきてそちらの訴訟もロバートが担当せざるを得なくなり、証拠が出てきたと思ったらその一件一件についてデュポン社が裁判で争う姿勢を示し…ということで、現実世界でリッチな大企業の不正を暴こうとするとこんなに時間がかかるのか…ということをリアルに描いている。その間にロバートが病気になったり、また最初の原告であるウィルバーもお亡くなりになったり、つらい話がたくさん出てくる。また、実際のビロット夫妻や健康被害を受けた人たちがカメオ出演している。作中で大きな健康被害を受けた代表例(母親の胎内で有毒物質にさらされた)として訴訟でとりあげられるバッキー・ベイリーについては成人したご本人が出演しており、出生時にひどい健康状態だったわりにはお元気そうな姿で成人していて(たくさん手術を受けて大変だったらしいが)本当に良かったと安心する一方、いつまでも被害がなくならないということについては企業の責任の深刻さも感じる。デュポン社を訴えようとした人々が金目当ての変人たちと思われ、迫害されるあたりの描写も生々しい。

 テーマとしてはトッド・ヘインズが以前撮った『Safe』とかなり似ているが、事実に基づいているというよりは環境汚染や女性が置かれた立場に関する一般的な寓話のような作りだった『Safe』に比べると本作はずっとリアル志向である。その一方で、この手の映画にしては主人公のロバートがかなり繊細そうで本人も持病を抱えていたりするのは『Safe』に似ており、とてもヘインズらしい。こういう役柄に実生活でもガチ活動家である一方、ずっとスーパーヒーローにしては大変な持病を抱えているハルク役をMCUでやっていたマーク・ラファロを起用したのはとても良いキャスティングだと思う。

 この映画は『Safe』と似ているのでヘインズのフィルモグラフィの中でとくに変わっているというわけではないと思う。ただ、ヘインズと同様にクィア映画の作り手であるガス・ヴァン・サントも『プロミスト・ランド』というガス採掘と環境問題に関する映画を撮っている。クィア映画と環境アクティヴィズムの関連性というのは何か考えてみてもいいのかもしれないと思うのだが、ちょっと自分の中であまり考えがまとまっていない。