マクベス夫妻の離婚問題~『ハウス・オブ・グッチ』

 『ハウス・オブ・グッチ』を見てきた。リドリー・スコットの新作で、グッチ家のお家騒動を描いたものである。

www.youtube.com

 話は1970年代から始まり、だいたいマウリツィオ・グッチ(アダム・ドライヴァー)の妻になるパトリツィア(レディ・ガガ)の視点で語られる。野心満々のパトリツィアがグッチの御曹司であるマウリツィオをぐいぐい口説いて結婚するのだが、マウリツィオの父親でセンスのいいロドルフォ(ジェレミー・アイアンズ)は息子の結婚を認めない。一方、ロドルフォの兄アルド(アル・パチーノ)がややマウリツィオに同情的で、自分の息子パオロ(ジャレッド・レト)をあまり評価していないのを知ったパトリツィアはアルドに気に入られるようにし、マウリツィオをグッチ家の経営に携わらせる。ところがだんだんマウリツィオとパトリツィアの夫婦仲が悪くなり、マウリツィオは離婚を決意する。

 お話は『マクベス』+『アイ、トーニャ』にちょっとバロックオペラの『アグリッピーナ』を足したみたいな内容である。前半は野心家のパトリツィアがあまり経営などは得意ではなさそうな夫マウリツィオをたきつけてグッチ家支配をもくろむ物語で、パトリツィアはグッチの家名に惹かれたとは言え、いろいろ可愛いところもある夫と二人三脚で頑張っていくつもりがある。ところが後半はどんどんマウリツィオとパトリツィアの仲が悪化し、パトリツィアの画策でグッチ家は崩壊寸前になる。そこから最後はなんだか『アイ、トーニャ』みたいなちょっとお間抜けな感じもある犯罪ものになっていく。

 とにかく俳優陣の演技を見る映画で、まずはパトリツィアを演じるレディ・ガガがすごい。時と場所に応じて可愛い女とゴージャスでセクシーな女を使い分ける七変化ぶりで、とにかくワルなのだが、そういうワルな女を中心に描くことで男性中心主義的で硬直した家族経営のグッチ家体制がよく見えてくる(ここはちょっと『アグリッピーナ』に似ていると思う)。また、ゴージャスなイタリア女性らしく、あんまりやせて見える服を着ていないのが良い(数年前にクラウディア・カルディナーレの写真をカンヌが細く見えるよう修正したとかいうのが話題になったのだが、このレディ・ガガはそういう変なやせ信仰とは無縁のダイナミックな美しさである)。最初は世間知らずな好青年だったマウリツィオがだんだんパトリツィアに「教育」されて自我とか野心に芽生え、その結果として妻に反逆していく様子をうまく表現しているアダム・ドライヴァーも良い(女が男を育てて手を噛まれるという点で逆『ピグマリオン』みたいな話なのかもしれない)。アルドのバカ息子パオロを演じるジャレッド・レトはやり過ぎと思えるようなはしゃぎっぷりである。

 ただ、全体的にやり過ぎでキャンプな感じの俳優陣に比べてイマイチお話が真面目な感じで、そこがあんまり良くない。コテコテのイタリア訛りの英語でしゃべる(ひとりひとりちょっと訛りの度合いが違うのだが)登場人物が右往左往する愛と暴力のメロドラマなんだから、もっと完全にやり過ぎた感じの映画にしたほうが面白いのではと思うのだが、リドリー・スコットは真面目でわりとスタイリッシュな人だと思うので、何を撮ってもなんだかちょっとおシャレで真剣になってしまい、完全にぶっ飛んだ感じにならない。たぶんめちゃくちゃ大げさな方向性か、完全に諷刺コメディ的な方向性が、どっちかに振りきったほうがもっとだいぶ面白い映画になったのではと思う。見ながら「これをヴィスコンティが撮ったら…」「これをバズ・ラーマンが撮ったら…」「これをアダム・マッキーが撮ったら…」「これをクレイグ・ギレスピーが撮ったら…」とか、いろいろ考えてしまった。