舞台芸術は基本、マルチバース~『星ノ数ホド』(配信)

 ドンマーウェアハウスが配信している『星ノ数ホド』を見た。ニック・ペインの二人芝居の再演で、マイケル・ロングハーストが演出している。4種類のキャストによるものを配信しているのだが、私が見たのはクリス・オダウドとアンナ・マクスウェル・マーティンによるものである。

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 養蜂家のローランド(クリス・オダウド)と宇宙物理学者のマリアンヌ(アンナ・マクスウェル・マーティン)の恋を描くものなのだが、完全にマルチバース…というか、似たようなシチュエーションの場面をちょっとずつ変えてやることで、いろいろなタイミングやら状況やらのせいで2人がくっつかなかった世界線などもあることを示唆しつつ、どうもマリアンヌが脳腫瘍の一種らしい病気にかかり、言葉などが出てこなくなって安楽死を選ぼうとする…という世界線を見せていく。マリアンヌが途中で自分の仕事に絡めていろいろ多元宇宙などの話をしており、展開もそれに沿っている。また、必ずしもそれぞれの場面は直線的に時間軸に沿って配置されているわけでもない(その点はちょっと『(500)日のサマー』とか『エターナル・サンシャイン』に似ている)。ご丁寧にマリアンヌが「リニアには説明しにくい話で…」みたいな、一見したところその場の状況にあっているのだが、よく考えると芝居に自己言及しているようなセリフを言うところもある。

 セットは上から紐や風船がたくさん垂れ下がり、周りも風船に囲まれた舞台である。四角い舞台には蜂の巣を模した模様が描かれている。風船のひとつひとつはたぶんあり得る宇宙の数を示唆している。床の蜂の巣の模様はローランドの仕事に引っかけてある一方、一見脆いようでいて実は強いハニカム構造と、ちょっとしたことで崩れたり強まったりする愛の不思議を重ねているのかもしれない。

 主役2人の演技が大変良く、似たようなシチュエーションの場面でもちょっとした緩急の変化でがらっと雰囲気を変えてメリハリをつけ、ちょっとした違いで会話が人間関係における大失敗や大失敗につながってしまうということを上手に見せている。笑うところや悲しいところはきちんと豊かな感情を引き出しており、クスっと笑えるところもある。オダウドのコミカルでチャーミングな持ち味がかなり効いており、相当に悲しくシビアな話でもなんとなく温かみがあるように見えるところも良い。

 しかしながら最近『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を見たばかりなので、マルチバースは本当につらいと思った。とはいえ、そもそも舞台はマルチバース…というか、同じプロダクションでも毎回ちょっとずつパフォーマンスが違うし、同じ台本を何回も別の役者や演出で再演したりするし、当たり前のようにマルチバースであるわけである。この作品を見て、MCUが何十本もかけてやっていることをこの芝居は70分くらいの二人芝居でできてしまっているのは、そもそも舞台芸術というのがマルチバース的なものだからかもしれないと思った。