そこはカンザスじゃないみたいよ~『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(ネタバレあり)

 ウェス・アンダーソンの新作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』を見た。

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 とても説明のしづらい映画である。カンザスの新聞社のフランスにある支社みたいなところが『フレンチ・ディスパッチ』なる英語の別冊雑誌を出しており、そこの編集長アーサー・ハウイッツァー・Jr.(ビル・マーリー)がお亡くなりになって雑誌が廃刊されることになる。その最終号の記事をオムニバスっぽい形で描くというものである。一応、話が4つ+エピローグというような形式になっている。1話目はサゼラック(サゼラック)が自転車でこの雑誌社のあるアンニュイの町について案内するレポート、2話目はベレンセン(ティルダ・スウィントン)が語る刑務所に服役していた画家ローゼンターラー(ベニチオ・デル・トロ)の話、3話目はクレメンツ(フランシス・マクドーマンド)が学生運動をレポートする話、4話目はローバック(ジェフリー・ライト)がレポートする警察署長の息子の誘拐事件と警察のシェフの話である。最後に編集長の訃報を作るエピローグがある。

 かなり好みの分かれそうな映画で、作風はこのところのアンダーソンと同じく、理想化された架空の外国の物語である。ただ、この作品は実は『グランド・ブダペスト・ホテル』や『犬ヶ島』に比べるとけっこうアンダーソンのライフヒストリーに近いのかもしれない…と思うのは、アンダーソンはテキサス出身で強くヨーロッパに憧れているのだと思うのだが、この映画の不在の中心である(というか死んでいる)ハウイッツァーは、カンザス州の大草原から逃げようとしてフランスで雑誌を作り始めたという、アンダーソンが映画を作っているのと似たようなノリで雑誌をやっている人だからだ。カンザスから出てドラマティックな旅をするという点では『オズの魔法使い』みたいな話とも言えるのかもしれないが、ドロシーと違ってハウイッツァーは死んでやっとカンザスに帰った。たぶん、カンザスに帰りたくない男の物語なのである。また、監督に比較的近い立場の死んだ人が主人公という点ではちょっと『サンセット大通り』っぽいのかもしれない。

 個人的に一番面白いと思ったのは第3話である。というのも、お話が私の好きなオペラ『薔薇の騎士』に似ているからだ。クレメンツはかなり年下の学生運動家であるゼフィレッリティモシー・シャラメ)とひょんなことからイイ仲になってしまうのだが、最後は同じくらいの年齢の学生運動家であるジュリエット(リナ・クードリ)にゼフィレッリを譲る。この場面のクレメンツが『薔薇の騎士』でカンカンをゾフィに堂々と譲るマルシャリンみたいで、マクドーマンドのこういう演技が見られるのは楽しい。また、ゼフィレッリとジュリエットで1968年ということで、これはおそらくフランコ・ゼフィレッリの『 ロミオとジュリエット』を意識していると思われ、そのへんの小ネタも気に入った。

 ただ、上映状態にかなり問題があった。私はTOHOシネマズ新宿で見たのだが、最初の自転車の話から、英語で地名などの字幕が画面の1番下に出る時、字幕の下半分が切れていたのである。どうも仕様とは思えないので、途中で外に出てスタッフに投影の仕方がおかしくないか確認してもらったのだが、結局最後まで直らなかった。どうも他の回でもそうなっているのがあったようで、TOHOシネマズにはメールで問い合わせを送ったのだが、まだ返事は来ていない。ウェス・アンダーソンみたいな構図にこだわる監督の映画で画面がちょっとズレていたというのは、ほんのりイヤな感じだった。