困ったおじさまの優しい語り口~『ゴヤの名画と優しい泥棒』(ネタバレあり)

 『ゴヤの名画と優しい泥棒』を見てきた。ゴヤの「ウェリントン公爵」が1960年代に盗まれた実際の事件を扱った作品である。脚本に有名な劇作家のリチャード・ビーンがかかわっている。

www.youtube.com

 主人公でニューカッスル・アポン・タインに住むケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)は、正義感は強く善良だが何の仕事をしてもうまくいかない中年男性で、高齢者のBBC料金を無料にする運動などの政治活動を行っていてそのせいで刑務所に入ったこともある。妻のドロシー(ヘレン・ミレン)と息子のジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)と暮らしているが、妻とは娘のマリオンが自転車事故で亡くなって以来、その悲しみを共有して乗り越えることができなくて、関係がぎくしゃくしている。そんなケンプトンはゴヤの「ウェリントン公爵」が14万ドルという高値で買い取られたという話を聞き、それだけのお金があればどれだけの福祉事業ができるだろうかと考えるが…

 肝心の絵を盗むところがさらっと流されていて、何か奇抜な盗み方で後でネタばらしでもあるのだろうか…と思ったら、終盤でかなりのどんでん返しがある。ただ、全体的には美術品泥棒スリラーというより、いろいろ困った人ではあるのだが誠実で優しく、間違ったことをそのままにはしておけないケンプトンのユーモア溢れる語り口の面白さを温かい調子で描いた人情ドラマである。イギリスの階級社会や、地方都市でもだんだん人口が増えてきている南アジア系への差別などもさらっと盛り込んでおり、よくできた脚本と役者陣の達者な演技で後味よく仕上げた作品だ。バントン家の不良息子とその恋人の話にオチがついていないのが不満と言えば不満だが、これはできるだけまとまりの良い短い尺にするため盛り込めなかったのかもしれない。