かなりちゃんとした『ロミオとジュリエット』~『浪花節シェイクスピア 富美男と夕莉子』

 紀伊國屋ホールで『浪花節シェイクスピア 富美男と夕莉子』を見てきた。末満健一脚本・演出による大阪弁の『ロミオとジュリエット』である。

www.mmj-pro.co.jp 

 1950年代末、大阪の南あたりにあるらしい浪花坂という街が舞台である。ヤクザの紋田木一門の跡取り息子である富美男(ロミオにあたる役、浜中文一)と、九羽平家の娘である夕莉子(ジュリエットにあたる役、桜井日奈子)の悲恋を描いている。ただし話の順番は富美男と夕莉子が亡くなったところから始まり、残された人々が2人の交換日記をたよりに恋の経緯を再構成する。

 セットは後ろに花札の絵柄のついたてが立っており、このついたてをいろんなものに見立てるようになっている。黒子みたいな感じでキツネのお面(夏祭りのお面の話が出てきたり、キツネにつままれたようだというようなセリフもあるので、そのへんとつながっていると思われる)をかぶった人たちが出てきて、セットの調整から「その他大勢」的な役までいろいろなことをこなしている。特殊効果のところでは和傘を上手に使っており、暴力シーンでの流血から花火まで、いろんな場面で和傘が登場する。舞台や衣装はわりと赤っぽいしっかりした色みを中心にまとめている。

 日記がたよりの再構成という内容なので順番が時系列通りになっていないのだが、それでもちゃんと話がわかるように台本を作っている。また、原作のセリフを昭和設定にしつつもかなり生かしてリズムのある関西弁にしており、テキレジはたいへん効果的である。たまに冗談などがコテコテすぎてここまでやらなくてもいいのでは…と思えるところもあるのだが、この手の翻案としては台本は極めてしっかりしているほうだ。

 富美男も夕莉子もあんまり理想化されておらず、どっちも恋で完全にアホになった若者たちである。とくに富美男はヴェローナの貴公子とはほど遠いヤクザの息子でけんかっ早いのだが、一方で女の子の前では形無しといった感じで、ある種の純朴さがある青年だ。原作ではジュリエットがロミオに結婚を申し込むのだが、このプロダクションでは富美男が突然夕莉子に結婚を申し込むという展開になっており、たしかに昭和の設定だとこっちのほうがまあ自然か…と思った。近世ヨーロッパだと女性から結婚を申し込むのは大胆で決然とした性格を示すものだが、昭和の日本という設定だと一目惚れでいきなり結婚を申し込むとなんかアホっぽく見えなくもないので、恋でアホになっているとはいえ多少はいろいろ考えている感じがする夕莉子よりも、ある点では真面目なところもあるのだが完全に舞い上がってしまっている富美男が結婚したがるほうが性格にあっているように見える。

 役者のほとんどは大阪近辺の出身だそうだが、夕莉子役の桜井日奈子は岡山出身で大阪弁ネイティヴではないそうで、それでこれだけアクセントがちゃんとできるのはたいしたものだと思った。日本ではイギリスなんかに比べるとあんまりアクセントを自在に変えられる俳優が少なく、住んでいる地域の方言以外で上演される芝居を見られる機会も少ないので、こういうのはとても貴重な機会である。先日の男肉 du Soleilに続いて関西ノリのシェイクスピアを立て続けに見ることができ、嬉しいことだ。