ヘリテージ映画の新展開~『帰らない日曜日』(試写、ネタバレ注意)

 エヴァ・ユッソン監督『帰らない日曜日』を試写で見た。グレアム・スウィフトの短い小説『マザリング・サンデー』の映画化である。

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 主な舞台は1924年の「マザリング・サンデー」こと、メイドが母のもとに里帰りをする休日だが、話は時系列に沿って進むわけではなく、フラッシュバックをまじえて語られる。ヒロインであるジェーン(オデッサ・ヤング)は孤児で、ニヴン家でメイドとして働いている。ジェーンはこの日、裕福な家庭の息子である恋人のポール・シェリンガム(ジョシュ・オコナー)に呼び出され、密会する。シェリンガム家で密会した後、ポールはニヴン家や婚約者エマ・ホブデイ(エマ・ダーシー)との会食に向かうが…

 ジェーンはワーキングクラス出身のメイドで、ニヴン家、シェリンガム家、ホブデイ家はアッパーミドルクラスの上層~上流階級の末尾くらいの階級である。一見したところ、メイドと坊ちゃんの恋愛もの…なのだが、やれ妊娠だの玉の輿だのというありがちな展開ではなく、ポールが密会の直後に交通事故で死亡してしまうという悲劇的な展開になる。途中でかなりエロティックなラブシーンや、ポールやジェーンが裸でうろうろする場面もあるのだが、においとか体液の始末なんかについても現実的な描写がされている。さらに、事件をきっかけにジェーンが転職し、やがて作家になり、芸術家としてこの消化しづらい経験を…という様子が描かれており、第一次世界大戦の打撃から逃れられないエリート層の中高年と、新時代に適応していくワーキングクラスの若い女性の対比が、あまりぎすぎすしない柔らかい感じで描かれている。

 映像も綺麗だし、役者陣の演技もとても良い。ポールは時間にルーズでちょっとだらしない感じもある人なのだが、オコナーがこの頼りないところと面白いところの両方があるポールをとてもチャーミングに演じている。ポールは自分の属する階級の習慣に窮屈さを感じている一方、そこから逃れられない人物だ。一方でヤングのほうも、悲劇的な出来事をきっかけに人生を考え直す新しい時代の女性としてジェーンを好演している。あまり大きくない役だが、ニヴン夫妻を演じるコリン・ファースオリヴィア・コールマンはさすがの貫禄で、第一次世界大戦の喪失からなかなか抜け出せない中年夫婦をニュアンスに富んだ演技で表現している。小さい役だが、メイドのミリー役で英国演劇界の新星パッツィ・フェランが出ているし、また年を取ったジェーンの役でなんとグレンダ・ジャクソンが30年ぶりくらいに映画出演している(しばらく政治家をやっていて、映画に出ていなかった)。たまにちょっと気取った真面目なロマンスものっぽいところが鼻につくなぁという印象を受ける箇所もあるのだが、イギリスお得意のヘリテージ映画としてはいろいろひねった試みをしている作品だと思う。