これは私が見たい『三文オペラ』ではないな…『てなもんや三文オペラ』(ネタバレあり)

 鄭義信作・演出『てなもんや三文オペラ』を見てきた。言わずと知れたブレヒトの翻案である。開幕が遅れたが、なんとか幕が開いた。

 舞台はロンドンではなく、50年代くらいの大阪である。名前などは変わっていないのだが、マック(生田斗真)の結婚相手でビーチャム商会の一人娘であるポリーは一人息子ポール(ウエンツ瑛士)に変更されている。登場人物は大阪弁を使っている。さらに終盤がかなり大きく変更されている。

 ポール、警察署長の娘ルーシー(平田敦子)、売春宿のマダムである魅力的なドラァグクイーン(だと思うのだが、この芝居ではジェンダーはわりと曖昧である)のジェニー(福井晶一)、さらにはおそらく警察署長ブラウン(福田転球)までもがマックの好意を求めて争っているということで、マックがとにかくモテ男である。もとの戯曲でも大変なプレイボーイだし、ブレヒト版だと最近はマックをバイセクシュアルにすることもけっこうあると思うのだが、この生田マックは泥棒の親分にしては洗練された伊達男感がすごく、盗賊とか言ってるけど実は色気サギとかが専門なのでは…と思ってしまうような色男ぶりである。一方でマックを一途に愛するウエンツポールは可愛らしく人がよさそうで、オチのほうで恋敵であるはずのルーシーと仲良くなってしまうあたりもなんかしっくりきてしまう、感じのいい青年である。ジェニーはポールとルーシーにはない大人の妖艶さでマックの気を惹く一方、腐れ縁のマックに対しては複雑な愛憎を抱いている。

 脇を固めるベテラン勢も含めて演技などは良いのだが、2つ問題がある。ひとつめは音響がかなりおかしいということである。同じ役者の歌でも立ち位置によっては歌詞が聞こえなくなったりすることがあり、とくに複数の役者が歌う歌はほとんど聴き取れないところがあった。なお、私は中央前方寄りの席だったので、客席によって聞こえ方も違ったのかもしれない。

 さらにもうひとつ、完全に個人的な趣味として気に入らなかったのはオチの変更である。マックが第二次世界大戦で経験した苦労などが切々と語られ、マックはちょっとPTSD気味なのでは…と思わせるようなところもある。そして最後は戦争で死んだ人をしのぶ精霊流しで終わるのだが、これはまったく『三文オペラ』らしくない…というか、ブレヒトとは全くの別物だと思う。私はブレヒトのガチ左翼的なところというか、神も仏も霊魂も癒やしもない、人間は絶対にこの物質的で腐敗した権力構造にまみれた現世から逃れられないんだというある種の冷徹さが面白いと思うのだが、この『てなもんや三文オペラ』の最後は霊魂の世界に入り込んでしんみりした話になってしまっている。単体の芝居としては面白いが、正直、ブレヒトっぽい芝居では全くないと思う。