日本のレズビアン版『エンジェルス・イン・アメリカ』~『ことばにない 前編』

 こまばアゴラ劇場でムニ『ことばにない 前編』を見てきた。宮崎玲奈作・演出で、前編だけで4時間半(休憩2回)という大作である。

 主人公は演劇をやっている朝美(豊島晴香)、ゆず(ワタナベミノリ)、かのこ(巻島みのり)、美緒(浦田すみれ)が主人公だ。朝美は結婚を控えているが、婚約者から演劇活動をあまり良く思われていない。ゆずは父親が病気で手術を受けることになる。レズビアンのみのりは恋人の花苗(和田華子)が心の病気で、かなり具合が悪いこともあるのを気にかけている。この4人は学校時代に演劇部だったのだが、顧問だった山川先生が亡くなってしまい、遺品として息子の雄也(黒澤多生)から山川作の戯曲が送られてくる。山川先生はその戯曲をかつての教え子たちに上演してほしいと考えていたらしいのだが、この作品は山川先生がレズビアンだったということを書いたものだった。山川先生の姪である美由(田島冴香)は保守派のアンチLGBT議員で、おばの戯曲上演を阻止しようとする。美由の妹である紗枝(古川路)は自分がレズビアンであることを自覚し始めており、たまたまかのこと出会ったのがきっかけで芝居作りに協力することを決める。

 おそらくは日本のレズビアン版『エンジェルス・イン・アメリカ』を目指しているのであろう壮大な作品で、現代日本レズビアンや、演劇をやっている若者の生活をリアルに描いているのだが、少々ファンタジー風味もある。結婚や異性愛、女性が子供を産むことを当然とする社会のあり方に対する違和感、同性愛者であることで被る不利益などがさらっと日常生活に組み込まれた形で示され、そこに昔ながらの価値観を完全に受け入れてまるでジェネリック杉田水脈みたいな発言をする美由が対置されている。朝美の婚約者のどうもしっくりこない不愉快な感じとかも繊細に表現されている。大変な野心作で、政治的でもあり、かつリアルで繊細に女性の暮らしを描いた作品でもある。前編はクリフハンガーみたいな終わり方をしているので、早く続きが見たいところだ。

 ただ、ひとつ私が個人的な好みとして非常に気になったのは、第二部冒頭のワークショップの場面は全部カットしたほうがいいんじゃないかということだ。他のところは演劇をやっている様子が描かれていてもあんまり内輪ネタに走っているような感じはしなかった…のだが、このえんえんとワークショップを見せるところだけ、なんだか「演劇やってる人が演劇やってる人のために見せてます」的な、小劇場やってる人は見て「あー、あれね!」と盛り上がるけど他の観客はとくに面白くはない…というような内輪な感じがある。私はたまに小規模な作品にあるこういう内輪な感じが非常に苦手で、小劇場でやる芝居の敷居を高くしていると思う。さらにここだけ、所謂「台詞でなんでも説明してしまう日本映画」みたいな感じがあり、他の部分に比べてストレートかつナイーヴに言いたいことを出してしまっているわりに展開に貢献していないと思う。また、少なくとも前編部分ではワークショップをやっている安川(藤家)があんまり全体の展開に貢献しておらず、機械的に出てきて登場人物に教えをくれる人みたいな感じで、出てこなくてもいいような気がする(後編で豹変してめっちゃ悪いことをするとか、急展開があるならまあ別だが…)。この作品が日本のレズビアン版『エンジェルス・イン・アメリカ』くらいのスケール感を狙っているとしたら(そうなってもおかしくはない)、こういう内輪な感じはないほうがいいのではないかと思う。