話の方向性と映像的な方針が一致していない~『ドント・ウォーリー・ダーリン』(ネタバレあり)

 オリヴィア・ワイルド監督作『ドント・ウォーリー・ダーリン』を見てきた。

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 砂漠のど真ん中にある1950年代風の町ヴィクトリーが舞台である。ヴィクトリーはカリスマ的なフランク(クリス・パイン)が運営する極秘プロジェクトをやっている会社の企業城下町で、そこで働く男性社員とその家族だけが住んでいる。アリス(フローレンス・ピュー)は夫ジャック(ハリー・スタイルズ)と幸せに暮らしていたが、隣人マーガレット(キキ・レイン)の様子がおかしくなっていくのをはじめとしてだんだん違和感を抱くようになる。

 『ステップフォードの妻たち』+『ゲット・アウト』+『アンテベラム』+『ワンダヴィジョン』みたいな話である。ミソジニスト的・インセル的な男性が抱く性的な幻想に起因する女性虐待を描いており、設定じたいはかなりリアル…というか、タリア・ラヴィン『地獄への潜入』なんかを読んでいると、こういうことを考えている男性は数は少ないとは言え確実に存在しているし、さらにここまでいかなくてもそれにつながるような考えを披瀝してはばからない人はたくさんいるので、恐ろしいというよりは「またか」である。クリス・パインが演じたフランクのモデルはジョーダン・ピーターソンだそうだ。

 けっこう面白いし、退屈はしない映画なのだが、大きな問題がいくつかある。ひとつめは、話の方向性と映像的な方針…というか映像的なフェティシズムの方向性が一致していないということだ。この映画はバズビー・バークレイ風な群舞をかなりがっつり凝った撮り方で見せており、さらにヴィクトリーに住む妻たちが習うバレエなど、女性たちが一糸乱れぬ動きで踊る様子が、男性が女性を従わせたいという欲望のあらわれのように描かれている。つまりこういう群舞はある種のファシズム的なものとして提示されているはずなのだが、それにしてはダンスが綺麗に撮られすぎている。一方でバレエの練習の場面では、フローレンス・ピューをはじめとして踊っている女性たちがけっこう個性的なので、あんまりファシズム的統一感が無いと思う。さらに途中でなんとディータ・フォン・ティースが出てきて有名なマティーニのショーのアレンジ版みたいなのを披露しており、どうもこれとバズビー・バークレイ風群舞は男性による女性の客体化ということで同じカテゴリに入るものとして出てきているっぽいのだが、群舞と個性的なソロのダンサーが技を見せるダンスは全然違うだろ…と思ってしまう。なんかこの手のいろんなダンスをざっくりと「女性の客体化」として提示したいのじゃないかと思うのだが、それにしてはそれぞれのダンスの種類が違いすぎるし、さらにどれもストレートに美しく撮られすぎていて、「ダンスは美しいものなので綺麗に撮りたい」というフェティシズムと「ダンスを通して女性の抑圧を描きたい」という話の方向性がきちんとまとまった形で提示されていない気がする。最近、私が論考を書いた『ワンダヴィジョン』でも、否定されるべき50-60年代シットコムの世界がセンスよく撮られすぎているという問題があり、ただそこは最後に大きなオチを持ってくることでわりと解決はされていたと思うのだが、『ドント・ウォーリー・ダーリン』(これも衣装とか家とかのデザインは『ワンダヴィジョン』に劣らず綺麗である)はそのへんの掘り下げとか統一感の出し方がちょっときちんと詰められていなくて生煮え感が大きい。

 ふたつめにちょっと問題があると思ったのはペース配分である。アリスがいろんなことに気付いていく様子はかなりじっくり描いていてむしろスローなのに、種明かし以降がかなり飛ばし気味だ。とくにオチのいきなりシェリー(ジェンマ・チャン)が過激な行動に出るあたり以降はちょっと強引でしかも端折りすぎでは…という気がする。

 三つめに問題があると思ったのはキャスティングである。フローレンス・ピューやクリス・パインなどは大変良かったのだが、ハリー・スタイルズは正直、ミスキャストだと思った。これはハリーが悪いのではなくたぶんこの役にあてた側の問題…というか、何しろハリー・スタイルズみたいにふだんはめちゃくちゃスタイリッシュでジェンダーの壁を曖昧にするようなファッションが似合うお洒落アイコンが、愛妻とうまくいかなくてインセル団体みたいなものに入ってしまう冴えない男の役というのはなんか見ていてイラッとするというか、正直、自分にもあるインセル傾向が不本意にも湧き上がってきて「その役、もうちょっと見た目が地味な若い性格俳優にあてたらどう?」みたいな気持ちになってしまった。スタイルズはまだそんなにたくさん演技経験があるわけじゃないんだし、誰が見ても二枚目なんだから、しばらくはとんでもないチャラ男の役とか、真面目でいい人の役とか、とにかくそういう感じのはっきりしたシンプルな役をやってからこの手の複雑な役に進んだほうがいいと思う。