自分のためにオシャレするのは素晴らしいことだ~『ミセス・ハリス、パリへ行く』(ネタバレあり)

 『ミセス・ハリス、パリへ行く』を見た。ポール・ギャリコの有名なヤングアダルト小説(というものはたぶんギャリコがこれを書いた頃にはなかったと思うが)を映画化したものである。

www.youtube.com

 舞台は1957年のロンドンである。第二次世界大戦に出征して以来帰ってこない愛する夫を待ちつつ、通いの家政婦として暮らしているミセス・ハリス(レスリー・マンヴィル)は、ある日、ケチな勤め先の女主人のクローゼットでディオールのドレスを見つける。夫の戦死が認定されて寡婦年金が入り、気持ちの上で区切りがついたこともあり、ミセス・ハリスはお金をためてパリのディオールにドレスを買いに行くことにする。

 ミセス・ハリスシリーズは子どもの時に楽しく読んでいたのだが、映画版はむしろ小説版より考えたオチになっている…というか、私はどうも子ども心にこの作品のオチがバッドエンドすぎて納得いかなかったのだが、そこがちゃんと人々の善意でミセス・ハリスが報われるという幸せなオチになっているのがいい。原作ではミセス・ハリスは「誘惑」というドレスを買って買えるのだが、映画では「誘惑」が他の人に買われてしまったあたりであれ?と思った…ところ、ちゃんとそれを使ってオチをつけている。

 この作品のいいところは、階級とか年齢とかのせいで着たいものを着られなくなるようなことは馬鹿げている、自分のためにオシャレするのは素晴らしいことだ、というポジティヴなメッセージがあることだ。ミセス・ハリスはワーキングクラスの中年女性だが、いつもはつらつとしてある種の自分に対する信頼があり、ディオールの高級なドレスが自分にふさわしくないかもしれないなんていうことは全く考えない。ミセス・ハリスは自身がお針子でもあり、ステータスとか見せびらかしとかのためにではなく、心底美しく、良くできていると思っているからドレスを欲しがっている。この映画は、芸術的な美しさに感銘を受けた人にこそドレスはふさわしく、そういう気持ちを持っている人なら誰だって華麗なドレスを着ていいのだということを描いている。自分のしたいことを追求しつつ、周りの女性や若者たちと連帯してよい影響を与え、ディオールの労働環境改善にまで協力するミセス・ハリスはけっこうなフェミニストだし、労働運動家でもある。主演のレスリー・マンヴィルの好演もあり、とても楽しい話になっている。