名戯曲を新演出で再演したような作品~『生きる LIVING』(試写)

試写 『生きる LIVING』を試写で見てきた。黒澤明の『生きる』を、舞台を1950年代初頭(時代はだいたい原作と同じ)のロンドンを舞台にリメイクしたものである。脚本をカズオ・イシグロが執筆し、オリバー・ハーマヌスが監督している。

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 舞台はロンドンに変わっているし、登場人物の仕事の内容など細かいところに変更があり、尺も短くなっているが、話じたいはかなり忠実である。カズオ・イシグロはちょっとずつ情報を開示する不穏な展開が得意なのだが、この映画ではちょっとずつ情報を開示するというのはやっているものの、一方で不穏さはあまりなく、わりと温かみのあるやさしい話に仕上げている。音楽はクラシックを使っている他、キーになる歌はスコットランドの「ナナカマドの木」という歌になっている。

 全体的に、名戯曲を新演出で再演したというような感じの作品である。そもそもたぶんもともとの台本が非常に優れているので、設定を変えてやっても通用する。そしてポイントは主役のウィリアムズ役をビル・ナイにしたことで、志村喬に比べると、いつも感情を抑圧していて不満も優しさも表に出すことに不慣れな大人しい老紳士という感じになっている。ウィリアムズはかなり1950年代のイギリスという時代状況にとらわれていて、当時の男性としてふさわしい振る舞いをすべく、生き生きした感情を抑えつけて暮らしていた。そこがだんだん派手ではないイギリス風な形で解放されていくのが見所で、とにかくビル・ナイのニュアンスに富んだ演技を見る映画である(ビル・ナイはたぶんこういう役をすごくやりたかったのではないかと思う)。同じ台本を違う味わいの役者でやるというのはお芝居の再演に近いやり方で、あまり映画らしくはないが、舞台劇をいつも見ている者としてはこういう映画作りもたまにはいいんじゃないかと思った。