あなたを好きになってくれた人は全員、いなくなる~『別れる決心』(ネタバレあり)

 パク・チャヌク監督の新作『別れる決心』を見た。

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 仕事の都合で妻と別居状態のチャン・ヘジュン(パク・ヘイル)は、山の上から滑落したと思われる男性の死を捜査することになる。中国から移民してきた若い妻ソン・ソレ(タン・ウェイ)が怪しいが、ヘジュンはだんだんソレに対して捜査対象以上の興味を抱き始めるようになる。事件は自殺だろうということで一端、決着がついたように見えたが…

 『めまい』+『妻は告白する』みたいなスリラーで(明らかにスタッフは両作を参考にしている)、極めてちゃんとした魅力的なファム・ファタルが出てくるノワールでもある。いろいろと現代風なアップデートもあり、ほぼ問題なく韓国語で込み入った話もできそうに見えるソレが、一番言いたいことについては中国語を吹き込んで機械翻訳してもらうとか、その翻訳の微妙なニュアンスの差がソレとヘジュンの関係に影響を及ぼすとか、翻訳と技術の問題を大変上手に取り込んでいる(どこで機械翻訳に切り替えるかみたいなポイントが、ソレの聡明さを示唆していると思う)。全体的にスマートフォンとかスマートウォッチが小道具として上手に使われていて、人間の愛情と最先端の技術のかかわりを扱っているという点ではある種のテクノスリラーであり、また技術とロマンスに関する映画だという点では『(ハル)』や『ユー・ガット・メール』の仲間と言えるかもしれない。

 本作におけるヘジュンはとんでもないモテ男なのだが、ヘジュン自身が全くそういうことに気付いていないのが問題だとも言える。ヘジュンは禁煙し、お酒も過ごさず、料理も上手で働き者であり、ノワールに出てくるタフガイ探偵に比べると品行方正で温厚で現代的なハンサムだが、本人には自分が21世紀基準では最高クラスのモテ男だという意識がない。ソレに惹かれてしまうヘジュンだが、妻のアン・ジョンアン(イ・ジョンヒョン)も、さらには年下の男性の部下であるスワン(コ・ギョンピョ)もヘジュンのことが大好きである。良妻がいるのに運命の女に惹かれてしまうというのはありがちだが、男性部下であるスワンもどうもソレに嫉妬しているらしいのがちょっと面白い…というか、ヘジュンがソレに惹かれていることに一番最初に気付いたのはスワンで(ヘジュン自身より前に気付いていると思う)、大好きなヘジュンが奪われたと思い、ソレの家にいきなり上がり込むなどというとんでもない振る舞いまでしでかす。ソレはたぶんスワンがヘジュンに惚れているのに気付いていてそれを利用していると思うのだが、ヘジュンは全くそういうことに気付いていない。しかしながらヘジュンが妻のもとに転居したことでスワンはいなくなるし、妻も去ってしまうし、最後にはソレまでいなくなってしまう。ヘジュンは大変な色男だが、それに気付かないまま、自分を好きになってくれた人たちをどんどん遠ざけてしまうということで、ひょっとしたらヘジュンのほうが「運命の女」ならぬ「運命の男」、他人を不幸にするとんでもない色男だったのかもしれないとも思える。