スピルバーグの一番クィアな映画~『フェイブルマンズ』

 スティーヴン・スピルバーグ監督の最新作『フェイブルマンズ』を見てきた。監督の半自伝的な作品である。

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 舞台は50年代のアメリカである。ユダヤ系一家の息子である幼いサム・フェイブルマン(ガブリエル・ラベル、名前はサミーとかサミュエルとか言われているところもある)は、ピアニストである母ミッツィ(ミシェル・ウィリアムズ)とコンピュータ技術者の父バート(ポール・ダノ)に初めて映画に連れて行ってもらい、夢中になる。サムは映画撮影に夢中になるが、家族旅行を撮影した際、ミッツィと父の部下であるベニー(セス・ローゲン)との不倫を示唆する場面を撮ってしまったらしいことに気付く。バートの仕事の関係でフェイブルマン一家はカリフォルニアに引っ越すが、ベニーと離れた母は情緒不安定になり、サムは反ユダヤ主義的なクラスメイトにいじめられる。両親は離婚し、サムは映画界で働くことになる。

 半自伝的な作品で、いろいろなことが起こるが、軸はサムの映画への愛と、自分を押し殺して芸術家らしさを抑圧して生きていたミッツィの不満である。この2つがあんまり良くない形で絡んでくるのがポイントで、芸術が日常生活の幸福とはある意味で相容れないものであり、とくに映画というのは人が見たくない真実を映し出してしまうこともあるもので、芸術家というのは因果な商売だ…みたいなことを示唆している。それでも撮らないと生きていけないのが映画監督であり、作中でもけっこうはっきり言われているように、サムは母親のミッツィとよく似ている。不倫をした母親やその相手を単純に断罪せず、かなりニュアンスのある描き方で家族の問題をリアルに扱っている作品である。

 また、この作品はおそらくスピルバーグ作品の中で最もクィアな作品である(言っちゃ悪いが『カラーパープル』よりもセクシーだ)。脚本に『エンジェルス・イン・アメリカ』の劇作家であるトニー・クシュナーがかかわっているからだと思うのだが(クシュナーは最近いつもスピルバーグと仕事していて、監督と脚本家の継続的なコラボレーションとしては極めて成功しているものだと思う)、終盤のプロムの場面などは『エンジェルス・イン・アメリカ』に入っていてもおかしくないくらいクシュナー風味全開である。そしてこの作品の主人公であるサムと、転校してからかかわるモニカ(クロエ・イースト)とローガン(サム・レヒナー)はひょっとしたらクィアなのではないかと思える解釈の余地がある。

 この作品はスピルバーグの半自伝的作品で、スピルバーグヘテロセクシュアルだと思われるが、だからといってサムもヘテロセクシュアルだとは限らない。サムの人生が完全に監督の人生に一致しているとは限らないし、映画は監督以外にもいろいろな人がかかわって作られるものだ。『フェイブルマンズ』はその点、かなりきちんと作り込まれたフィクションである。サムは途中で、男の子ばかり撮っていて女の子を撮らないということを姉妹たちに批判されているが、これは大人になってからスピルバーグが批評で言われて最近けっこう克服した監督としての弱点への言及である一方、たぶんサムが基本的に男の子にしか興味がないことを示す伏線である。サムは高校のビーチパーティの記録映画を作る時、自分をいじめたローガンの美貌を際立たせるような編集をした。後でローガンに問い詰められたサムは、少しでも友達になりたくて…みたいなことを言うが、これはサムが美しい男性に対して欲望を抱いていて、それを知らず知らず映画に昇華させていることを示唆しているのではないかと思う。サムは神様フェチのモニカと付き合っているのだが、プロムでいきなりモニカに求婚して振られるなど、サムの女の子に対する見方はかなり未熟で、付き合えば結婚するもの…みたいな単純な理解に基づいているが、一方でサムが美しく撮りたいのは男性である。サムは男性に対して欲望を抱いているが、それに気付いていないのだと思う。

 一方でローガンも見た目よりだいぶ複雑だ。ガールフレンドがいるのに他の女の子とキスしており、浮気者でいじめっ子のいけすかないジョックだが、一方でみんながただただ面白がって喝采しているだけのサムの記録映画を見て、自分に向けられた独特の視線に居心地悪さを感じるだけの繊細な美意識も有している。この映画を見て度外れにローガンが動揺し、サムに詰め寄るところは、ローガンが男性であるサムから向けられた欲望の視線をなんとなく快いものとして受け取っていることの裏返しではないかと思う。ローガンは自分が男性から欲望される対象であることに気付いてそれに心地よさを感じたが、一方でそうした同性愛的な感情はマッチョなモテ男としては持つべきではないものである。プロムの後でサムとローガンが対峙する場面はどこのBLかと思うようなエロティックな感情的緊張感が漂っている。

 また、モニカもなんだかちょっとクィアである。神様フェチで美しい男性を崇拝するのは好きだが、一方で結婚には全く興味がなさそうだ。男性に対する性欲はあるみたいだがサムのことは友達みたいに扱っているところもあり、ひょっとするとアロマンティックなのでは…と思った。