かなりちゃんとした『オセロー』翻案~『ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』(ネタバレあり)

 劇団☆新感線ミナト町純情オセロ~月がとっても慕情篇~』を見てきた。青木豪作、いのうえひでのり演出による『オセロー』の翻案である(かなり『仁義なき戦い』の影響も受けている)。2011年に初演された作品の12年ぶりの再演だが、設定はかなり変更されているということだ。

 舞台は1950年代、日本の関西っぽい瀬戸内に面した「神部」(たぶん神戸)である。ヤクザがしのぎをけずる中、ブラジル系のオセロ(三宅健)は沙鷗組の親分をかばってケガをし、入院中である。親分は亡くなり、オセロは二代目襲名を嘱望されていたが、医者の娘であるモナ(松井玲奈)と結婚して堅気になることにする。ところがそれを知った先代組長の妻アイ子(高田聖子)は面白くなく、さらにオセロが自分の夫を庇ったわけではないのではないかという疑念もあって、オセロとモナを仲違いさせることを計画する。

 コテコテのセリフに美術も戦後風俗たっぷりの作品だが、内容はかなりちゃんとした『オセロー』である。オセロがブラジル系なのはなかなかうまい設定だし、イアーゴーにあたるアイ子が在日コリアンの娘だというのも良い。そもそもイアーゴーはたぶんスペインかどこかにルーツがあって原作でもヴェネツィア人ではなくよそ者みたいで、同じくよそ者でさらに苛酷なバックグラウンドから這い上がってきたオセローに対して嫉妬しているというようなところがある。最近の英語圏ではイアーゴーも非白人にするキャスティングもあるのだが、この『ミナト町純情オセロ』の設定はそのへんに似ている。そしてこの主要登場人物のルーツにブラジルの大事に世界大戦における「勝ち組・負け組」問題とか、関東大震災時の在日コリアン虐殺に関するデマの問題を絡めているのも上手だ。ただ、やたらと登場人物がデマについてセリフで言うのはちょっとしつこい…というか、展開からして一度さらっと言えばこの演出の主要テーマがデマの問題だというのは誰にでもわかると思うので、そんなに何度も強調する必要はないのではと思った。

 あまり見かけない気がするのはイアーゴーを女性にしたことである。通常は『オセロー』は男性同士の男らしさと面子をめぐる嫉妬の話として描かれることが多いと思うのだが、この作品では親分の前妻であり姐御であるアイ子がイアーゴーの役回りをつとめることで、どっちかというと母親とか姉のような保護者役をつとめている女性が、目をかけている被保護者が勝手に自分の手から離れていくことに苛立ちを募らせ、さらには愛する夫の死をめぐる噂で理性的な判断もできなくなって悪事に手を染めていくというような話になっている。そういう意味ではこれは子離れできない擬似的な母親と息子の機能不全な関係を描いた作品でもある。原作よりはだいぶウェットだと思うが、これはこれで味があり、面白い。