新刊『学校では教えてくれないシェイクスピア』 をよろしくお願い申し上げます。

プロレスはよかった~『夏の夜の夢』

 浅草花劇場で桂佑輔演出『夏の夜の夢』を見てきた。

 全体的に浅草花やしきという場所柄を意識した昭和レトロっぽい演出なのだが、それがうまくいっているところといっていないところがある。うまくいっているところとしては途中のプロレスの演出で、花やしきはプロレス興行などもやっているところだからだと思うのだが、ヘレナ(森レイ子)とハーミア(松村彩永)がとんでもなくくだらない理由で喧嘩を始めるところでリングが現れてプロレスごっこみたいになるのはちょっと笑えた。あまりうまくいっていないのは妖精の衣装である。妖精は和風のファッションで、ティターニア(空乃みゆ)は帯を前で結んだ花魁みたいな格好だし、他の妖精たちは黒い服に帯だけつけて前で結んでいる…のだが、着物や帯の生地がたぶん安いのもあってなんだか素人の仮装大会っぽく見える。

 役者の演技は玉石混淆という感じだ。恋人たちはシェイクスピア慣れしていないのか、長いセリフに相当手こずっているように見える。アテネ公役はOSK日本歌劇団の元男役である高世麻央が演じており、これは妙にハマっていて、アテネ公と職人が盛り上げる最後のアマチュア芝居はリラックスした雰囲気で笑えて悪くなかった。

 なお、劇場なのにチケット代以外にドリンク代をとられたのはちょっと閉口した。興行場じゃないのか…

『赤旗』日曜版に『学校では教えてくれないシェイクスピア』書評がのりました

 本日の『赤旗』日曜版に松岡和子先生による『学校では教えてくれないシェイクスピア』書評がのりました。大変ありがたいことです。

 

 

成宮寛貴舞台復帰作~『サド侯爵夫人』

 宮本亞門演出『サド侯爵夫人』を見てきた。三島由紀夫のそこそこ有名な戯曲だが、見るのは今回が初めてである。登場人物は全員女性だがオールメールキャストで、成宮寛貴の舞台復帰作である。

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 基本的にはサド侯爵夫人ルネ(成宮寛貴)が、サド侯爵が収監されてもひたすら貞淑に夫を待ち続け、夫の脱獄の支援までする様子をかなり長いスパンで描いており、最後はフランス革命でサドが釈放されるところになる。母であるモントルイユ夫人(加藤雅也)は娘とサド侯爵を別れさせたいが、ルネは言うことをきかない。ルネの妹アンヌ(三浦涼介)は姉の夫と関係して一緒にヴェネツィアまで逃避行をしたこともあるが、その後別の男と結婚している。

 正直、戯曲のほうは三島の他の戯曲に比べるとちょっと弱い気がする。セリフじたいは非常に美しいのだが、展開はけっこうわかりにくいし淀んだ感じのする話…ではあると思う。ルネが夫に対抗すべく「貞淑の怪物」になる過程に主体性がないというか、基本的に男性に左右される女性の人生を描いていて、現代の視点からするとそんなに面白いようには思えない。また、これはまあ三島だからしょうがないのだが、サド侯爵夫妻に搾取される下層階級の男女に対する視点が一切なく、最後のフランス革命もモントルイユ夫人が政治的いざこざを利用する方向に持っていってしまう。展開のスムーズさとか政治的なダイナミックさという点では先日見た『わが友ヒットラー』のほうが、同じように密室劇的な台本としては起伏があって優れているような気もする。

 しかしながらこれをオールメールにしたのはたぶん正解で、出てくる女性たちがみんな社会によって作られた女であり、ルネの貞淑さもある種のドラァグとしての貞淑さであるというような効果が強まるので、全体的にキャンプな感じでけっこう面白い。役者陣の演技はみんな良く、とくに私は成宮が久しぶりに舞台で見られただけで非常に満足である(いつかは舞台に戻ってきてほしいと思っていた)。放蕩者のサン・フォン伯爵夫人役の東出昌大成宮寛貴の対比がけっこう良い…というか、東出昌大は相変わらずすごくハンサムで、とくにこの芝居ではお色気に全振りしているのに、やっぱり生身の肉体としての存在感が薄い。この作品でも最後は貧しい娼婦のフリをしている間に死んでしまい、若い娘から老婆に変わっていた…みたいな「それほんとかよ」みたいな死に方をしたというオチになっており、存在感の軽さが大変効いている役柄になっている。この男性美の理想概念みたいなものを体現してはいるのだが生身感がないというのは三島の世界によくあう気がする。一方で成宮寛貴はセリフをかもうが舞台で何もしていなかろうが生身の人間らしい存在感があり、最後の演出はちょっとそれに頼りすぎでは…と思うくらい存在感重視だった。加藤雅也やアンヌ役の三浦涼介も個性的で良かった。

『役者になったスパイ』プログラムに寄稿しました

 『十二夜』のバックステージもののスイス映画である『役者になったスパイ』プログラムに短い文章を寄稿しました。シェイクスピアのバックステージもの映画について簡単に説明しています。書誌情報は以下のとおりです。

 

北村紗衣「舞台裏はサスペンスの宝庫~スパイと演技をめぐる映画」『役者になったスパイ』プログラム、2026。

『バッカイ』の翻案といえば翻案~『口いっぱいの鳥たち』

 理性的な変人たちvol.5『口いっぱいの鳥たち』を見てきた。キャリル・チャーチルとデヴィッド・ランによる芝居である。直線的な物語は全くなく、いくつかの短編エピソードみたいなものが次々出てきて、全体的にジェンダーとかセクシュアリティ、階級、精神の病、人種などの問題が…というような感じの話である。一応エウリピデスの『バッカイ』の翻案といえば翻案…のような作品で、八つ裂きにされたり酒に溺れたりというような要素が盛り込まれている。相当に難解なのだが別につまらないとかいうことはない…ものの、たぶん翻訳を介しているせいで相当にわかりにくくなっている+可笑しさがなくなっているのでは…と思われるところがいくつかあった。とくにわかりづらいと思ったのは降霊術のくだりで、どうもカリブの呪術(ヴードゥー?)が題材と思われるのだが、カリブのアクセントを沖縄方言にしている…のまあまあよいものの、日本だとやはりこれがヴードゥーだということが大変わかりにくく、さらに憑いている霊が変わるところもよくわからない。とくに霊が譜面を言うところでは「八分のD」みたいな言い方をしているのだが、これは「八分音符のレ」みたいに訳さないと日本のお客にはよくわからないのではと思う。この場面は英語で見るとけっこう可笑しいのではと思われる。

日経に『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』のレビューを書きました

 本日の日経に『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』のレビューを書きました。

www.nikkei.com

 

 

『ボーイ・ミーツ・ガール』(試写)

 レオス・カラックス4Kリバイバルの試写で『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)を久しぶりに見た。ものすごく前に一度見たきりなのでだいぶ内容を忘れていた…のだが、「そういえばこんなヘンな映画だったな…」ということを思い出した。いろいろ面白いところはあるのだが、『ポンヌフの恋人』などに比べるとちょっと荒削りなところはあるなと思った。