宮本亞門演出『サド侯爵夫人』を見てきた。三島由紀夫のそこそこ有名な戯曲だが、見るのは今回が初めてである。登場人物は全員女性だがオールメールキャストで、成宮寛貴の舞台復帰作である。
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基本的にはサド侯爵夫人ルネ(成宮寛貴)が、サド侯爵が収監されてもひたすら貞淑に夫を待ち続け、夫の脱獄の支援までする様子をかなり長いスパンで描いており、最後はフランス革命でサドが釈放されるところになる。母であるモントルイユ夫人(加藤雅也)は娘とサド侯爵を別れさせたいが、ルネは言うことをきかない。ルネの妹アンヌ(三浦涼介)は姉の夫と関係して一緒にヴェネツィアまで逃避行をしたこともあるが、その後別の男と結婚している。
正直、戯曲のほうは三島の他の戯曲に比べるとちょっと弱い気がする。セリフじたいは非常に美しいのだが、展開はけっこうわかりにくいし淀んだ感じのする話…ではあると思う。ルネが夫に対抗すべく「貞淑の怪物」になる過程に主体性がないというか、基本的に男性に左右される女性の人生を描いていて、現代の視点からするとそんなに面白いようには思えない。また、これはまあ三島だからしょうがないのだが、サド侯爵夫妻に搾取される下層階級の男女に対する視点が一切なく、最後のフランス革命もモントルイユ夫人が政治的いざこざを利用する方向に持っていってしまう。展開のスムーズさとか政治的なダイナミックさという点では先日見た『わが友ヒットラー』のほうが、同じように密室劇的な台本としては起伏があって優れているような気もする。
しかしながらこれをオールメールにしたのはたぶん正解で、出てくる女性たちがみんな社会によって作られた女であり、ルネの貞淑さもある種のドラァグとしての貞淑さであるというような効果が強まるので、全体的にキャンプな感じでけっこう面白い。役者陣の演技はみんな良く、とくに私は成宮が久しぶりに舞台で見られただけで非常に満足である(いつかは舞台に戻ってきてほしいと思っていた)。放蕩者のサン・フォン伯爵夫人役の東出昌大と成宮寛貴の対比がけっこう良い…というか、東出昌大は相変わらずすごくハンサムで、とくにこの芝居ではお色気に全振りしているのに、やっぱり生身の肉体としての存在感が薄い。この作品でも最後は貧しい娼婦のフリをしている間に死んでしまい、若い娘から老婆に変わっていた…みたいな「それほんとかよ」みたいな死に方をしたというオチになっており、存在感の軽さが大変効いている役柄になっている。この男性美の理想概念みたいなものを体現してはいるのだが生身感がないというのは三島の世界によくあう気がする。一方で成宮寛貴はセリフをかもうが舞台で何もしていなかろうが生身の人間らしい存在感があり、最後の演出はちょっとそれに頼りすぎでは…と思うくらい存在感重視だった。加藤雅也やアンヌ役の三浦涼介も個性的で良かった。