『グランド・セフト・ハムレット 』(Grand Theft Hamlet) を見てきた。これは新型コロナウイルス 感染症 流行によるロックダウンの際、『グランド・セフト・オート ・オンライン』の中で『ハムレット 』を上演しようとした人たちについてのドキュメンタリーである。終盤の数分以外、ほぼ全てがゲームを記録した映像で展開される。
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2021年、新型コロナウイルス 感染症 によるロックダウンで仕事のない役者サムとマークは、いつも遊んでいる『グランド・セフト・オート ・オンライン』のヴァインウッド(ハリウッドにすごく似てる)という地域の中に野外ホールなど芝居の上演ができそうな場所があるのを見つけ、ここで『ハムレット 』を上演することにする。サムの妻で映像作家であるピニー(この映画の共同監督)もGTA オンラインを始め、世界初のGTA 内演劇プロダクションが始動する。いろいろ問題も出てくるが、それでも制作チームは頑張って制作を続け、2022年7月4日にとうとう上演が行われる。
とにかく芝居をやりたい!という情熱が伝わってくる楽しいドキュメンタリーである。ゲーム内でシェイクスピア を上演するというだけでいろいろ大変そうなのだが、何しろ場所がGTA の世界でお世辞にも治安がよいとは言えないので、屋外でオーディションなどをしているといきなり襲撃されて殺されたりするなど、あんまり落ち着いて稽古ができる環境ではない。しかしながらこのけっこうランダムに人が死ぬ設定を生かして、舞台上でキャラを実際に殺す演出を編み出したりしており、これはかなり面白い。殺陣の練習で撃ち合っていると警察が駆けつけてきて逃げないといけなくなったりもするのだが、まあそのへんもどんどん制作チームは適応していく。
ゲームなのでそこまでお金をかけたり、安全に気を配ったりせずに突拍子もない演出ができるということもポイントだ。使う場所も野外劇場だけではなく、いろいろなところを使うようになる。父王の亡霊が現れるところではデカい飛行船のようなものが登場し、通常の舞台ではあり得ないくらい大がかりな演出が行われている。なお、亡霊の場面では本公演時、終わって移動を行う際に事故でお客がみんな死亡するというトラブル(!)が発生して一時中断となるのだが、まああまりお客は気にしていなかったようである(!!)。
上演にかかわっている人たちの人間模様が見えるところも面白い。サムはあまりにもプロダクションにのめり込みすぎてピニーから家族をないがしろにしていると批判される一方、親戚を亡くして天涯孤独になってしまったマークは何かやり遂げたいと思ってこの上演に情熱を注いでいる。トランス女性やADHD のあるゲーマーなども参加して、これまでやったことがないようなプロジェクトで楽しい経験をする。身元を明かさなくてもいいゲーマーの集まりなのでミステリアスな人たちも参加しており、ほとんどしゃべらない謎のパトロン がゲーム内でアフターパーティの場所を提供してくれるし、これまた謎のどこからともなく現れて問題を解決してくれる舞台監督なども現れる。さらにロックダウンが緩むことによる状況の変化や、アマチュア 上演にありがちな本業や家庭との衝突も描かれており、ハムレット 役が新しい仕事が見つかったせいで主役を降りるという大きな事態も発生する。
それでもみんなで最後まで頑張って上演を成功させるということで、このドキュメンタリーは舞台芸術 が困難な状況でもいかに人を楽しませてポジティブな経験を与えてくれるかということを生き生きと描いた作品だ。芝居の上演はどこでもできるし、技術を使えば実際に人が集まらなくてもなんとかなる。それを通して新しい実験もできる。芝居に少しでもかかわっている人にとってはとても勇気が出る作品だと思う。