新刊『学校では教えてくれないシェイクスピア』 をよろしくお願い申し上げます。

結婚式をめぐるドラマ~『アフター・ウェディング』(試写)

 「《北欧の至宝》マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」の試写でスサンネ・ビア監督『アフター・ウェディング』(2006)を試写で見た。

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 インドで孤児などを対象にした人道援助事業をやっているヤコブマッツ・ミケルセン)は金策に窮していたが、実業家ヨルゲン(ロルフ・ラスゴード)が寄付をしたいという話を受け、交渉のためデンマークに帰国する。ところがヨルゲンの妻ヘレネ(シセ・バベット・クヌッセン)はヤコブの元恋人で、どうやら自分の娘である可能性が高いアンナ(スティーネ・フィッシャー・クリステンセン)が結婚するということがわかる。ヨルゲンが何を目的としているのか戸惑うヤコブだが…

 全体的にドグマ95っぽく(ビアはもともとドグマ95に影響を受けている)、手持ちカメラの使い方とか話の展開などがトマス・ヴィンターベアの『セレブレーション』に似てるな…と思うところもあった。ただしこの話は『セレブレーション』と違ってけっこう正統派のメロドラマっぽい展開で、終盤はかなりちゃんとした人情噺だ。ヨルゲンの思惑が明かされ、ヤコブが生活を変える決心をするあたりの展開もそんなに斬新さはないが役者陣の演技でしっかりした人間ドラマになっている。

聖書が題材のダークコメディ~『アダムズ・アップル』(試写)

 「《北欧の至宝》マッツ・ミケルセン生誕60周年祭」の試写で『アダムズ・アップル』(2005)を見た。

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 刑務所から仮釈放されたネオナチのアダム(ウルリク・トムセン )は牧師であるイヴァン(マッツ・ミケルセン)に引き取られて教会で更生プログラムを受けることになる。アダムは更生プログラム期間中の目的をイヴァンに尋ねられ、教会の庭にある木になったリンゴを使ってアップルケーキを焼くというテキトーな内容を答える。プログラムには他にもしょうもない連中がいるが、イヴァンは妙に前向きである。アダムは医者のコルベア先生(オーレ・テストラップ)から、イヴァンのとんでもなく不幸な半生を聞かされる。

 聖書のヨブ記をネタにしたダークコメディである。不幸すぎるイヴァンはまったく現実を受け入れられず、そのせいで本人はポジティブ志向でコミュニティにいい影響も及ぼしているが、一方で周りの人は迷惑を被ることもあり…というようなところがひねったユーモアたっぷりに描かれている。イヴァンは非常に信心深いわりに聖書をちゃんと読んでいるとは思えず、説教の内容とか神学の理解もかなりあやしいもので、このへんがデンマークキリスト教会をどれくらいあてこすっているのかはわからないのだが、なかなか風刺的である。

政治情勢に伴う深刻な内容~『日記 父と母へ』(試写)

 メーサーロシュ・マールタ監督『日記 父と母へ』を試写で見た。日記三部作の最終作である。

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 ハンガリー動乱後、やっと留学先のモスクワからブダペシュトに帰国できたユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)がさまざまな政治情勢の変化に伴う混乱に向き合う様子を描いている。マグダ(アンナ・ポラニー)は窮地に追いやられ、弾圧や暴力も横行する。ダンスやらパーティやらもあるが、どこか日常から切り離されているようなシュールな雰囲気がある。かなり深刻な内容で、作りとしてはアントワーヌ・ドワネルシリーズと同じような発想なのに、舞台がハンガリーで主人公が女性だとこうなるのか…と思って見ていた。

 

映画大学への留学を描く~『日記 愛する人たちへ』(試写)

 メーサーロシュ・マールタ監督『日記 愛する人たちへ』を試写で見た。日記三部作の第二作である。

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 前作ではまだ少女だったユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)が学生としてモスクワの映画大学に留学する過程を中心に描いている。政治的な締め付けが非常に厳しくてユリもなかなかなじめないとは言え、この当時からロシアにはこんなちゃんとしたフィルムスクールがあったんだな…というようなこともわかる描き方になっている。厳しい養母マグダ(アンナ・ポロニー)が実はユリを思って規則を曲げてくれていたり、留学先で有名女優に助けてもらったり…といった女性同士の協力が描かれる一方、父が亡くなったことがわかってショックを受けたりする。ハンガリー動乱で終わっており、時代の雰囲気をうまく描いているが、前作よりはちょっとメロドラマティックな描き方になっている気もする。

『エルジ』の発展形のような…『日記 子供たちへ』(試写)

 メーサーロシュ・マールタ監督『日記 子供たちへ』を試写で見た。日記三部作の第一作である。

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 戦後にソ連からハンガリーに戻ってきた少女ユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)が共産党員である養母マグダ(アンナ・ポロニー)となかなかうまくいかず、父を思わせる男と出会う…というお話である。けっこう『エルジ』に似ていて、この発展形みたいなお話である。一方で60年代若者文化の生き生きした描写があった『エルジ』に比べるとかなり暗めの終わり方になっている。

風来坊と少女~『ジャスト・ライク・アット・ホーム』(試写)

 メーサーロシュ・マールタ監督『ジャスト・ライク・アット・ホーム』を試写で見た。

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 アメリカからハンガリーに帰国したアンドラーシュ(ヤン・ノヴィツキ)は見かけた犬ブンディを強引に買い取ろうとするが、ブンディの飼い主である少女ジュジ(ツィンコーツィ・ジュジャ)は強い意志でアンドラーシュからブンディを取り戻そうとする。ジュジとアンドラーシュは疑似父子のような親しみを覚えるようになるが、アンドラーシュのかつての恋人であるアンナ(アンナ・カリーナ)も絡んできて…

 風来坊風な男がふとしたことから小さな女の子を世話することに…ということで、『ペーパー・ムーン』などを思わせる映画である。最初のアンドラーシュが犬を買うくだりはけっこうひどいのだが、ジュジが大変頑固で強い子で、そのペースにアンドラーシュがどんどん巻き込まれていく過程が面白い。アンドラーシュがいろいろあって最後は「家」を見つけるまでの話とも言えるし、血縁の基づく家族よりももっとうまくいきそうな家族があるということを提示している映画であるとも言える。

階級の違いを描く~『リダンス』(試写)

 メーサーロシュ・マールタ監督特集で上映される『リダンス』(1973)を試写で見た。

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 ワーキングクラスの若い女性ユトゥカが素性を隠し、大学生のふりをしてリッチな家の息子であるアンドラーシュと付き合う様子を描いた作品である。ハンガリー社会の階級差を描いた作品で、終盤の食事会はこの階級差が大変イヤな感じであからさまに描かれている。『エルジ』といい本作といい、メーサーロシュ監督は居心地悪い食事会みたいなものを描くのがかなり得意なんだな…と思った。