ビートルズのアメリカ上陸をとらえたドキュメンタリー~『ビートルズ '64』(配信)

 『ビートルズ '64』を配信で見た。ビートルズが1964年にアメリカに上陸した際の人気ぶりをとらえた音楽ドキュメンタリー映画である。メンバーや家族などが制作にかかわっており、いろいろなフッテージやインタビューを折り込みながら文化現象としてのビートルズの意味を考える内容で、当事者公認の手堅い作りの作品である。

 マクルーハンから大騒ぎするファンまでいろいろな人が出てくるので、いかにビートルズが大きな存在だったかわかるようになっている。一方で細かいエピソードにもけっこう面白いところがあり、ジョン・レノンが曲のタイトルを間違えられて下品な罵言を吐くところは笑った。さらに政治家とか外交官の馴れ馴れしい態度は一般のファンと同じがそれ以上にひどかったみたいな話も語られており、たぶん当時の社会(とくにロンドンのエリート層)の中では、地方から出てきた庶民的なロックミュージシャンを一段低いもの、おもちゃみたいに見なす傾向があったのでは…という気もした。

 

 

まあまあだが、いろいろ疑問点も~『モアナと伝説の海2』

 『モアナと伝説の海2』を見てきた。『モアナと伝説の海』の続編である。

www.youtube.com

 モアナ(アウリィ・クラヴァーリョ)は故郷の村で、はるか昔の先祖タウタイ・ヴァサの遺産を受け継ぐ航海の案内人として責務を果たそうとしていた。そんなモアナに、ナロの呪いで隠されている伝説の島モトゥフェトゥを見つけるようにという夢のお告げがある。モアナはクルーを編成して海に向かい、途中で旧友のマウイ(ドウェイン・ジョンソン)とも再会を果たす。

 モアナやマウイといったお馴染みのキャラクターの活躍を、綺麗なアニメーションで楽しく見られる作品ではあるが、一方でいろいろ話にはとっちらかったところもある。とくにマタンギ(アウィマイ・フレイザー)はけっこうアクの強いセクシーな悪役として出てきたかと思ったら急に協力してくれたりしてご都合主義な感じがあり、そもそもマタンギが絡む下りは要るのかな…と思った。モアナが仲間を危険にさらすくだりなどもけっこう単純に解決してしまう。脚本はあまり新しいことをしていないし、ちょっと強引だと思う。

 一方でマタンギやモニ(フアラーライ・チョン)、ひょっとしたらロト(ローズ・マタフェオ)もいわゆるクィア的にコード化されたキャラクターなのは注目すべき点かもしれない。マタンギはコウモリを従えているグラマラスな女性で、あんまりちゃんと脚本の中で生かされていないものの、めちゃくちゃLGBTQ+コミュニティに人気がありそうなキャンプなキャラクターである。モニはマウイの二次創作みたいな絵(画力は高い)を描いているアーティストで、カリスマ的なスターに夢中の心優しい芸術家というのはゲイの観客の共感を呼びそうなキャラクターだ。ロトはちょっとボーイッシュなギークガールで、荒っぽいDIYで船を改修する船舶エンジニアなのだが、アメリカのレズビアンの間ではDIYが得意な人は尊敬されるらしいので、これまだレズビアンに人気を博しそうなキャラクターである。南太平洋の文化をいろいろ取り入れてオーセンティックにしようとしている一方、アメリカのディズニーファンの中でもとくに忠実な層にアピールするキャラクター作りはやっているんだな…と思った。

終盤にかけてちょっとまとまりが悪くなるような…Rumours

 Rumoursを見てきた。

www.youtube.com

 とある年、ドイツのお城で開催されるG7が舞台である。ホスト国であるドイツの首相ヒルダ(ケイト・ブランシェット)は、会談のおまけイベントとして地元の史跡に親しみましょう…ということで、他のG7メンバーに近くで採掘中の古代の湿地遺体(ヨーロッパのドイツより北ではよく見つかる)を見せる。静かなあずまやで夕食をとりながら声明の準備をするG7メンバーだが、突然、自分たちが孤立し、電話もつながらなくなっていることに気付く。

 政治諷刺コメディかと思いきやホラーだったということで、意外な展開になる変な映画である。メルケルをやたらとセクシーかつゴージャスにしたみたいなドイツ首相(元女優という設定)とか、ややガラの悪いトルドーみたいないろいろトラブっているがモテモテのカナダ首相マキシムとか(ロイ・ドゥピュイ)、イギリスかぶれのバイデンみたいなアメリカ大統領エディソンとか(チャールズ・ダンス。なぜかアメリカ英語で話していない)、実際の政治家をヒントに面白おかしく改変をしている。フランス大統領シルヴァン(ドゥニ・メノーシェ)がやたら知識人ぶっており、ヒルダが湿地遺体の説明をするのを邪魔するところはマンスプレイニングあるあるで非常に笑える。日本の首相(平岳大)はわりと論理的な英語を話す真面目な人で、他の強キャラに比べると存在感は薄いが、実際の日本の首相に比べると比較的良く描かれている気はするし、この存在感の薄さがリアルな気もした。

 そういうわけで中盤くらいまではけっこう面白いのだが、それ以降はひたすら黒い森をさまようだけでちょっと視覚的にたるいところがある気がするし、またアリシア・ヴィキャンデルは見せ場が少なくて完全な無駄遣いである気がする。さらに終盤の話のまとめ方もとっちらかり気味で、フェリー乗り場まで最初はあんなに時間がかかったのにその後なぜかすぐお城まで戻れたのはおかしいのでは…とか、トラックが通っていたのに助けが来ない理由をもうちょっときちんと説明したほうがいいのでは…とか、いろいろ説明不足な印象で疑問点がある。フォークホラー風味付けも非常に半端で、フォークホラー好きとしては物足りない感じもある。この映画は主にカナダとドイツの予算で作っているらしいのだが、カナダとドイツの首相は大変キャラが濃くて活躍するし、とくに最後のカナダ首相のくだりは制作国の人が目立ちすぎでは…という気もした。

GTAオンライン内で『ハムレット』を上演するとどうなる!?~ゲーム画面を用いたドキュメンタリー『グランド・セフト・ハムレット』(Grand Theft Hamlet)

 『グランド・セフト・ハムレット』(Grand Theft Hamlet) を見てきた。これは新型コロナウイルス感染症流行によるロックダウンの際、『グランド・セフト・オート・オンライン』の中で『ハムレット』を上演しようとした人たちについてのドキュメンタリーである。終盤の数分以外、ほぼ全てがゲームを記録した映像で展開される。

www.youtube.com

 2021年、新型コロナウイルス感染症によるロックダウンで仕事のない役者サムとマークは、いつも遊んでいる『グランド・セフト・オート・オンライン』のヴァインウッド(ハリウッドにすごく似てる)という地域の中に野外ホールなど芝居の上演ができそうな場所があるのを見つけ、ここで『ハムレット』を上演することにする。サムの妻で映像作家であるピニー(この映画の共同監督)もGTAオンラインを始め、世界初のGTA内演劇プロダクションが始動する。いろいろ問題も出てくるが、それでも制作チームは頑張って制作を続け、2022年7月4日にとうとう上演が行われる。

 とにかく芝居をやりたい!という情熱が伝わってくる楽しいドキュメンタリーである。ゲーム内でシェイクスピアを上演するというだけでいろいろ大変そうなのだが、何しろ場所がGTAの世界でお世辞にも治安がよいとは言えないので、屋外でオーディションなどをしているといきなり襲撃されて殺されたりするなど、あんまり落ち着いて稽古ができる環境ではない。しかしながらこのけっこうランダムに人が死ぬ設定を生かして、舞台上でキャラを実際に殺す演出を編み出したりしており、これはかなり面白い。殺陣の練習で撃ち合っていると警察が駆けつけてきて逃げないといけなくなったりもするのだが、まあそのへんもどんどん制作チームは適応していく。

 ゲームなのでそこまでお金をかけたり、安全に気を配ったりせずに突拍子もない演出ができるということもポイントだ。使う場所も野外劇場だけではなく、いろいろなところを使うようになる。父王の亡霊が現れるところではデカい飛行船のようなものが登場し、通常の舞台ではあり得ないくらい大がかりな演出が行われている。なお、亡霊の場面では本公演時、終わって移動を行う際に事故でお客がみんな死亡するというトラブル(!)が発生して一時中断となるのだが、まああまりお客は気にしていなかったようである(!!)。

 上演にかかわっている人たちの人間模様が見えるところも面白い。サムはあまりにもプロダクションにのめり込みすぎてピニーから家族をないがしろにしていると批判される一方、親戚を亡くして天涯孤独になってしまったマークは何かやり遂げたいと思ってこの上演に情熱を注いでいる。トランス女性やADHDのあるゲーマーなども参加して、これまでやったことがないようなプロジェクトで楽しい経験をする。身元を明かさなくてもいいゲーマーの集まりなのでミステリアスな人たちも参加しており、ほとんどしゃべらない謎のパトロンがゲーム内でアフターパーティの場所を提供してくれるし、これまた謎のどこからともなく現れて問題を解決してくれる舞台監督なども現れる。さらにロックダウンが緩むことによる状況の変化や、アマチュア上演にありがちな本業や家庭との衝突も描かれており、ハムレット役が新しい仕事が見つかったせいで主役を降りるという大きな事態も発生する。

 それでもみんなで最後まで頑張って上演を成功させるということで、このドキュメンタリーは舞台芸術が困難な状況でもいかに人を楽しませてポジティブな経験を与えてくれるかということを生き生きと描いた作品だ。芝居の上演はどこでもできるし、技術を使えば実際に人が集まらなくてもなんとかなる。それを通して新しい実験もできる。芝居に少しでもかかわっている人にとってはとても勇気が出る作品だと思う。

子ども向けのバレエ~We call it Ballet: Sleeping Beauty Dance & Light Show

 ジョイスの『若き芸術家の肖像』に出てくるベルヴェデーレ・カレッジでWe call it Ballet: Sleeping Beauty Dance & Light Showを見てきた。地元のダンサー5人で光る衣装をつけて『眠れる森の美女』の短縮版をするという上演である。かなり子ども向けという感じで、けっこう子どもは喜んでいた…のだが、バレエとしてはだいぶ生煮えという感じである。衣装が光る関係で照明が非常に暗くてダンサーの表情などがわからない上、話をぶった切りすぎて展開がよくわからないのでそれはちょっとどうかと思った。妖精が光る衣装をつけているとかいうのは見た目は面白いので、発想は悪くない気がするのだが、それが活用できておらず、ストーリーテリングがダメダメなのはかなり残念である。最後は撮影可だったのでみんな写真を撮っていた。

 

気軽に見られるクリスマスレビュー~The Fairytale of New York

 ゲイエティ・シアターでThe Fairytale of New Yorkを見てきた。これはとくにストーリーなどはない、クリスマスソングとアイルランド民謡にアイリッシュダンスを組み込んだクリスマスのレビューショーである。劇場は満員で(高齢者と子どもが多い)、途中で「モリー・マローン」をお客さんも交えて歌うシングアロングなどもあり、とても盛り上がった。最後はもちろん"The Fairytale of New York"でしめる。なお、シングアロングで私が知らない歌などもあり、まだまだ私はダブリン市民らしさが足りないと思った。

教育の力に関する映画~『型破りな教室』(試写、ネタバレあり)

 クリストファー・ザラ監督『型破りな教室』を試写で見た。実話をもとに脚色したお話だそうである。

www.youtube.com

 舞台はアメリカ合衆国との国境に近いメキシコの町マタモロスである。非常に治安が悪くて貧しい地域で、子どもたちはまともに教育も受けられずに非行に走りがちだ。ところが新しくやってきた教員であるフアレス先生(エウヘニオ・デルベス)は子どもに実践から考えさせるような教育手法でめざましく学力を向上させる。しかしながら貧困や犯罪の横行のせいでなかなか子どもたちの教育はうまくすすまない。

 教員としては、子どもが興味を持ちそうなことを入り口に、いろいろな実験をやらせて知的好奇心を引き出すフアレス先生の教育手法が大変面白く、見習いたい…と思うところが多い一方、子どもたちが置かれている環境が厳しすぎてなかなかキツいところもある映画である。ロクな教育設備がなく、本来は予算がついて設置されているはずのコンピュータ室はないし、図書室は四角四面な運営で全然授業支援をしてくれない。途中までは優等生のパロマ(ジェニファー・トレホ)と成績が悪くて非行予備軍扱いのニコ(ダニーログアルディオラ)のかわいらしい初恋の話などもあるのだが、これもえらいバッドエンドを迎える。貧困のせいでいくつも立ちはだかる壁がつらいが、最後は若干希望のある終わり方になっている。

 フアレス先生役デルベスをはじめとして子役も含めて演技がしっかりしているし、厳しい現実と理想を織り交ぜながら教育の力を強調している作品である。途中の実験をしながら子どもたちが学んでいくところは笑いもある。ただ、全体的に手持ちでけっこうカメラがブレブレなのはきつかった。