「いや、それはこうしたほうが」面白い映画だか、仕事柄見ていて邪念が…『アメリカン・アニマルズ』(ネタバレあり)

 『アメリカン・アニマルズ』を見てきた。

 

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 ケンタッキーのトランシルヴァニア大学で実際に起こった特別コレクション盗難事件を題材にしたもので、実在の犯人たちも登場する。犯人同士で記憶が食い違っているところなどもちゃんと描かれていて、リアルさで言えばかなりリアル…というか、人間の記憶のあてにならなさまで含めて描いているという点で現実に即した作品である。

 

 主人公はぱっとしないトランシルヴァニア大学のアート専攻の学生、スペンサー(バリー・コーガン)だ。スペンサーは唯一の親友で問題児であり、スポーツ奨学金でケンタッキー大に進学したウォーレン(エヴァン・ピーターズ)とつるんでいる。ある日、スペンサーはトランシルヴァニア大学図書館の貴重書コレクションにあるオーデュボンの大型本『アメリカの鳥類』に惹かれ、これがすごい値段の稀覯書であることを知る。スペンサーとウォーレンはこの本を盗むことを考え始めるが…

 

 いわゆるスカっとする犯罪映画ではなく、ぱっとしない日常に対する焦りゆえに盗みに手を出していく若者たちのしょうもない転落をオフビートかつブラックユーモアまじりに描いた、非常にビターな青春映画である。スリル目的に素人が始めた計画なので、当然ぐだぐだになって最後は逮捕で終わる。全体的には『ブリングリング』を痛く、かついたたまれない感じにしたみたいな話なのだが、若者たちの不安や焦りがとても上手に描かれているため、全然飽きずに最後まで見られる(なお、ベクデル・テストはパスしない)。

 

 …ということで、大変面白い青春映画なのだが、個人的に仕事柄、見ていていろいろ気になって邪念が入ってしまった。オーデュボン『アメリカの鳥類』の日本語版ウィキペディア記事を立てたのは私なのだが(現物を触ったことはないが、見たことは複数回ある)、これはたいへん貴重な本で、グーテンベルク聖書やシェイクスピアのファースト・フォリオと並んで印刷本としては最も高額で取引されるものだ。そして私は博士論文の調査をしている時、映画に出てくる特別閲覧室みたいなところにほぼ毎日に近い頻度で通っていたことがある。さらに大学に就職する前は稀覯書専門の古書店につとめていた。この映画は別に上手な盗みを描く映画ではない…というか、むしろ逆のことを描こうとしている映画なのはよくわかるのだが、この手の特別閲覧室に足繁く専門調査で通った経験がある者としては、「いやそれはこうしたほうがうまく盗める」みたいな意見がどうしてもたくさん浮かんでしまい、なかなか邪念を払って見ることができなかった。いやだいたいそもそも『アメリカの鳥類』みたいなデカい本を盗むのが間違ってるとか、どうしても盗むなら一般公開イベントの時とかにすべきだとか、売るときは1枚1枚切り離して足が付かないよう額装したほうがいいとか、今まで自分が特別閲覧室で研究をしていた時には考えたこともなかったようなヤバい考えがたくさん浮かんでなかなか落ち着かなかった…

「大学共通テストにおける英語民間試験の導入中止を求める請願」togetterまとめを作りました

 本日行われた「大学共通テストにおける英語民間試験の導入中止を求める請願」についてのtogetterまとめを作って見ました。私も請願に署名しています。私は、大学ごとの個別試験に民間試験を導入するのには否定的ではありませんが、共通テストで導入するのは地方格差、経済格差の拡大につながるのですべきではないと考えています。

togetter.com

 

新刊が重版決定しました

 新刊『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』、発売3日で重版となりました。どうもありがとうございます。あまりこういう経験がないので大変嬉しいです。 

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次回早稲田エクステンション講座は『リチャード二世』です

 次回の早稲田大学エクステンションセンター中野校の授業は「あなたがまだ知らないかもしれないシェイクスピア 『リチャード二世』を楽しむ」です。NTライヴで秋にサイモン・ラッセル・ビール主演『リチャード二世』が上映されるので、その準備的に7/22、7/29、8/5の3回でこの戯曲を読みます。シェイクスピアは全く読んだことがないという方もお気軽にご参加ください。

www.wuext.waseda.jp

 

『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』が発売されました

 新刊『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』が発売となりました。アマゾンのフェミニズムカテゴリで瞬間1位になっております。ありがとうございます。

 だいたいはwezzyの連載「お砂糖とスパイスと爆発的な何か」に載せた記事を書き直したもので、このブログに書いた批評WLに書いた記事を直したものも入っていますが、完全に新しい書き下ろしは以下の6本(+前書き、後書き、コラム)です。

 

 

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新刊『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』、刷り上がりました

 新刊『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』が刷り上がって家に届きました!

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家に届いた新刊

 

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とにかく好みでなくてつまらない~新国立劇場『オレステイア』(ネタバレ)

 新国立劇場でロバート・アイク版『オレステイア』を見てきた。とにかくつまらなくて、何から何まで趣味でない芝居だった。同じタイムラインを扱った大作劇としては、いろいろ問題もあったにせよ、『エレクトラ』のほうがだいぶマシだったと思う。こういうのが好きだという人がいるのはわかるが、私はできるだけこういうものは見たくない。

 

 お話は『オレステイア』三部作だが、アイスキュロスの芝居が始まるだいぶ以前、イピゲネイアの死の前から話が始まる。それ以降のあらすじはだいたい同じで、ギリシア軍の総大将アガメムノンが娘のイピゲネイアを生贄としたことに怒った妻クリュタイメストラが復讐のためアガメムノンを殺し、それに対して今度は父を殺された娘エレクトラと息子オレステースが復讐として母を殺すが、オレステースは結局神から赦してもらえる、という内容である。衣装などは完全に現代風で、セットはロバート・アイクっぽくスクリーンをふんだんに使ったものになっている。

 

 まず、おそらくロバート・アイクの台本が原因で気に入らなかったと思われるところをあげようと思う。ネタバレになるが、この作品ではエレクトラはオレステースの妄想であり、実在していない。私はアイク版『ハムレット』の時でもアンドルー・スコット演じるハムレットの妄想みたいな場面があったことについて非常に批判的なのだが、アイクはやたらと「これってパラノイアだよ!」みたいな演出が好きで、それが鼻につくところがあると思う(まあ、そうじゃないと『1984』みたいなものは作れないのだが)。しかし、強烈な母親クリュタイメストラを見て育ったオレステースが、自分の暴力性を外注するために別人格として姉エレクトラを作っていた…というのは、あまりにも精神分析チックでちょっとうんざりする。全体的にこの『オレステイア』はずいぶん精神分析じみた芝居である。 

 次に、おそらくアイクのせい…と思われるが、翻訳(平川大作)や演出(上村聡史)のせいもあるかもしれないところをあげようと思う。クリュタイメストラが夫を殺した後、やたら性的な台詞を言いながらセックスみたいな身ぶりをするところにちょっとミソジニーを感じた。クリュタイメストラが夫を殺すのは復讐なのだから、性的興奮と結びつけるのはおかしい。ただ、これは演出がやたら性的要素を強調していることや、翻訳の台詞について流れがイマイチ良くないことが問題なのかもしれないので、全部アイクの台本のせいかはわからない(翻訳は全体的にちょっとこなれてない感じがするところもあった)。

 また、最後の裁判の場面について、これは翻訳か演出のせいなのかな…と思うところがあった。アイスキュロスの『オレステイア』三部作の最終作『慈しみの女神たち』は、女の命よりも男の命のほうが価値があるからオレステースが赦してもらえるという、とんでもない家父長制プロパガンダで終わるので、たぶん今ふつうに上演すると鼻持ちならない芝居に見える(しかも女神アテナがものすごい性差別発言をするところがあり、男性のクリエイターが女神にこれを言わせているのかと思うとはっきり言って気持ち悪い)。改作とか翻案するのならばここをなんとかしないといけないのだが、レビューなどによると、どうももとの演出では最後に社会が家父長制的であるからオレステースが赦されるのだ、ということがよくわかるようになっていたらしい。しかしながらこの上演では翻訳のせいなのか演出のせいなのか、最後のキメの台詞がさらっと流れていてそれがいまいちはっきりしないのである。最後の裁判長の台詞や演技をもっと露骨にしたほうが良かったのじゃないだろうか。

 あと、これは演出だろうと思うのだが、全体的に舞台が大陸ヨーロッパのおしゃれっぽい芝居のバッタもんみたいに見えるのが良くない。セットを血まみれにするような上演は大陸ヨーロッパではけっこうあるが、私の記憶ではもっとうまくやってるなと思うようなものがたくさんあった。なんかちょっと気取って見える。

 なお、演技についてはとくに文句はない。横田栄司アガメムノンアイギストス二役はすごかったし、神野三鈴のクリュタイメストラはド迫力だし、ずいぶん影の薄いオレステースだと思ったらそれは抑えていたみたいで最後はちゃんと見せてくれた生田斗真も良かった。