気軽に楽しめるカルチャーギャップコメディ~The Problem with People

 The Problen with Peopleを見た。これはアメリカ予算だが舞台はほぼアイルランドという映画である。

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 アイルランドの田舎(ウィックローあたりらしい)に住むキアラン(コルム・ミーニイ)は、死期が近づいている老父ファーガス(デズ・キョー)からアメリカにいて縁が切れてしまっている遠い親戚に会いたいと言われ、ニューヨークにいるバリー(ポール・ライザー)を探し当てる。離婚や病気でトラブル続きだったバリーはシングルマザーである娘ナタリア(ジェーン・レヴィ)にすすめられ、休暇がてらアイルランドの親戚を訪ねることにする。バリーに会ったファーガスは強く感動し、財産の半分をバリーに残して亡くなる。遺言を見たキアランは穏やかではなく、そこからふたりの足の引っ張り合いが始まる。

 のどかなアイルランドの田舎を若干ステレオタイプに描いたカルチャーギャップコメディで新しさはないが、ミーニイとライザーのコミカルな掛け合いのおかげで気楽に見られる。ふたりとも食えない中年男で、利益に目ざといところはけっこう共通点があり、くだらない意地の張り合いを続けてけっこうなおおごとになってしまう。最後は同性婚を村人たちが盛大に祝って大団円になっており、こういうゆるめの気軽なコメディ映画にレズビアンロマンスと同性婚が日常生活の一部として出てくるのは『恋するプリテンダー』に続いて良い傾向だと思った。

 

 

バリー・キョーガンがおっさんロックを聴くようになるまで~Bird

 アンドレア・アーノルド監督の新作Birdを見てきた。

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 12歳のベイリー(ニキヤ・アダムズ)は若い父親バグ(バリー・キョーガン)に引き取られて暮らしている。バグはカエルからあやしげなドラッグを作る商売に手を出しており、さらに土曜日に新しいガールフレンドと結婚すると宣言する。父親の電撃結婚に不満なベイリーは、バードと名乗るふしぎな男(フランツ・ロゴフスキ)に出会う。

 とにかくベイリーが暮らしている状況は相当に深刻である。バグは14歳くらいの時にベイリーの兄ハンター(ジェイソン・ブダ)の父親になったそうで、まだ若いが養わないといけない子どもが複数いる…のに定職にはついていないようで、あやしい仕事をしている。ベイリーが住んでいる家はものすごいボロ集合住宅でほとんどプライバシーもないし、犯罪も横行していて、ベイリーもあやうく犯罪に巻き込まれて非行少女になりかけるというような展開もある。さらにベイリーは今は一緒に暮らしていない母親のボーイフレンドから虐待を受けていたようで、母親と一緒に暮らしている小さな弟妹が新しいボーイフレンドに虐待を受けていないかどうかも心配しないといけない。

 こういう深刻な状況を描いてはいるのだが、暗い映画ではない…というか、ユーモアはいたるところにあるし、バードとベイリーの交流はいろいろ哀しいところはあるが明るい雰囲気で描かれているし、最後のバグの結婚式は楽しい場面になっている。全体的にとても演技がしっかりしている映画なのだが、とくにバグを演じるバリー・キョーガンはさすがである。全身タトゥーでオシャレした伊達男のバグは無責任な問題だらけの父親なのだが、子どもを虐待するようなことはしないし、自分なりのやり方で家族や友人を愛してはいる。最初にバグが出てくるところはとがった音楽とともにスクーターでベイリーをのせて疾走するというスピード感のある場面である。終盤にも似たような場面があるのだが、そこではバグが商売のために聴き始めたいわゆるおっさんロック(dad rock)をかけており、娘に突っ込まれて「まあこういうのも最近はいいと思うんだよ!」みたいな返しをしていて、これはバグが自分なりにお父さんらしくしようとしていることを面白おかしく表現しているのだろうと思う。なお、途中で「マーダー・オン・ザ・ダンスフロア」に関する楽屋オチみたいなジョークやキョーガンによる半裸のダンスなどもあり、どう見ても『ソルトバーン』ネタだと思う。

 

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アイルランドの主婦コンテストに関するドキュメンタリー~Housewife of the Year

 Housewife of the Yearを見た。これは1968年から1995年までアイルランドで開催されていた「今年の主婦」コンテストに関するドキュメンタリー映画である。

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 「今年の主婦」コンテストに出た人たちのインタビューや当時のテレビ放送(このコンテストはテレビで放映されていた)の映像を中心に構成されている。当時のテレビがかなり性差別的なので、かえって可笑しく見えてしまうところもけっこうある。コンテストの司会者が平気で出場者にベタベタ触ったり、今だとありえないような質問をしたりするので、映画館ではかなり失笑が起こっていた。また、今よりはるかにひとりの女性が産む子どもの数が多かったみたいで、10人くらい子どもがいますというような女性もけっこう出場している。

 コンテストのほうはけっこう真面目なものである。見た目とか特技みたいなミスコンっぽいポイントも評価軸には入っているらしいのだが、料理の技術とユーモアのセンスがけっこう効いてくるみたいで、出場者はかなり凝った家庭料理をコンテストに出してきている。面白いことを言ってウケるのも大事みたいで、このへんはユーモアを重視するアイルランドらしいところだと思った。そういうわけで勝者はけっこう「おもろい女」タイプの人が多い。

 「今年の主婦」を選ぶコンテストなのだが、勝者はいわゆる「完璧な主婦」の理想像とはほど遠い人も多い。夫が病気で働いているとか、コンテストの後で夫が急に出て行ってしまったとか、自身が非嫡出子だとか、わりと苦労していたり複雑な家庭環境だったりする人も多い。それぞれの女性は自分たちがステレオタイプな家庭の天使ではないことは理解しているのだが、一方でコンテストに勝ったことは今でもとても誇りに思っていて、記念品を保管したりしているそうだ。

 興味深いところも多い作品だが、ただコンテストじたいの歴史的経緯とかについてはあまり説明がないのはちょっと物足りなかった。どういう経緯で始まったのかとか、終わる時にどういう議論があったのかみたいなことについてはほんのわずかに言及があるだけで、コンテストじたいを社会的な文脈にしっかり位置づけるような説明がかなり少ない。このへんをもっとやったほうがよかったのではという気がする。

しみじみとしたアルモドバル新作~『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』

 ペドロ・アルモドバル監督の新作『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』を見てきた。アルモドバル初の英語長編だそうだ。

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 作家のイングリッドジュリアン・ムーア)は、昔は非常に近しかったが最近あまり会っていないマーサ(ティルダ・スウィントン)がガンになったことを知り、見舞いに行く。マーサはかなり具合が悪く、今後どんどん治療がつらくなって痛みや苦しみに耐えられなくなることを考え、症状が極端に悪化する前に自殺をすると決める。マーサはイングリッドに、自らに手を下す際には隣の部屋にいてほしいと頼む。迷った末にイングリッドは承諾し、ふたりはウッドストックに別荘を借りてマーサが死ぬ前の休暇を過ごすことにする。

 最近では緩和ケアも進んでいるので、痛みや苦しみのせいで自殺を考えるガン患者という減ってきていると思うし、どんどん減ってほしいとも思っている…のだが、これはマーサが苦痛で動けなくなる前に自殺を決めるという話である。全体的には演技を見る映画で、ムーアとスウィントンのふたりによる非常に細やかな感情表現が見せ場である。ダミアン役のジョン・タトゥーロがちょっとだけ出てくるところもいいし、ニューヨークとウッドストック郊外の家や風景を美しく撮っているところもいい。末期ガンで苦しんでいる女性の話にしては、しみじみとしたところは多いがあまり暗いわけではなく、アルモドバルらしいユーモアもあるのがよいところである。最後にちょっとした仕掛けがあり、そこはなかなか面白かった。ただ、序盤のフラッシュバックはこんなに手間をかけてやる必要があるのかな…とは思った。

 

図書館の本を粗末にするのは不幸の証~舞台にとても忠実な映画化『ウィキッド ふたりの魔女』(ネタバレあり)

 ジョン・M・チュウ監督『ウィキッド ふたりの魔女』を見てきた。

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 舞台の大人気ミュージカル『ウィキッド』の第一幕にあたる部分を映画化した作品である。『オズの魔法使い』の前日譚読み直しみたいな作品で、主人公は西の悪い魔女ことエルファバ(シンシア・エリヴォ)である。生まれた時から肌が緑色だったエルファバはみんなにからかわれ、親からも疎まれて不幸せな少女時代を送る。車椅子を使っている妹のネッサローズ(マリッサ・ボーディ)の付き添いでシズ大学に出向いたところ、魔法の才能を見出されて一躍、期待される学生となる。大学で同室になった人気者のガリンダ(アリアナ・グランデ、後にグリンダと呼ばれることになる)は最初はエルファバをいじめていたが、やがて仲良くなる。

 今年の初めに舞台を見たばかりで正直、大変不安だったのだが、期待を上回る面白さで、むしろ台本は舞台より時間をかけてキャラクターを掘り下げている分、いいのでは…と思うくらいだった。何が不安だったかというと、『ウィキッド』は舞台だからこそ効果を発揮する感じの特殊効果と生歌の組み合わせでお客さんをあっと言わせる作品で、これをそのまま映画にしてもわざとらしいだけで盛り上がらないのでは…という不安があったのだが、そのへんを全部ちゃんとクリアしている。基本的に舞台にかなり忠実な作品で、舞台上演でお客が盛り上がるところはどことどこであり、映像で同等あるいはそれ以上の効果を出すにはこうしたらいいのではないか…というようなことをきちんと計算して作られていると思う。

 始まり方からしてかなり舞台演出をきちんと研究して映像に移していると思われる。舞台では初っ端から輪っかみたいなものに入ったグリンダが降りてくる特殊効果が目の前で繰り広げられるので、「おう、真面目に集中して見ないと」と思うわけだが、映画ではアリアナ演じるグリンダがキラッキラな衣装と椅子つきでバブルに入って飛んでくるところを見せつつ、アリアナの微妙な表情をきちんと撮っていて、「なんだか妙な話が始まるぞ」という雰囲気をきちんと醸し出している。中盤のダンスナンバーである"Dancing through Life"は少し違うアプローチで映画らしい編集を駆使して盛り上げていて、これは舞台ではできないな…と思った。

 そして最後に一番でかい歌である"Defying Gravity"が来るのだが、これは映画でやるにはかなりの難題である。舞台ではお客の目の前でエルファバが宙に浮いて歌うというナンバーであり、人間が空中浮遊しているのをライブで見るだけでけっこう見ているほうは興奮するし、さらに今まで虐げられていたヒロインがその状態で戦いの鬨の声みたいな大曲をかますので、ものすごく客席が盛り上がる。この「目の前で人が突然飛ぶ」解放感を映像で見せるのがなかなか大変だと思っていたのだが、想像以上にこの映画はよくやっていてビックリした。ちょっと舞台とは違って、歌に台詞を入れつつけっこう場面を引き延ばし、エルファバとグリンダの心情の移り変わりを見せながら少しずつお客の期待を高め、最後にバーンと魔女の姿になったエルファバを飛ばしてそれに周りの連中が驚く…という展開にしており、見ているほうはエルファバが飛んだところでガッツポーズしそうになった。

 全体的にむしろ舞台より面白いのでは…と思うところもあった。理由はふたつで、ひとつめはフィエロ(ジョナサン・ベイリー)のキャラがかなりしっかりしているところである。舞台のフィエロはまあよくいる色男…みたいな感じなのだが、ジョナサン・ベイリーのフィエロは妖艶さが異常で、歩くだけで年齢・性別を問わずシズ大学の全員を魅了してしまうカリスマ王子である一方(グリンダの取り巻きであるボーウェン・ヤン演じるファニがフィエロにメロメロで話しかけるところはとにかく笑った)、エルファバに「あなた実は不幸でしょ?」みたいに気持ちを見透かされるところでは驚くほど傷つきやすそうな深みを見せており、ずいぶん奥行きのあるキャラクターである。"Dancing through Life"でフィエロが図書館の本を粗末にしながら色気を振りまきまくるのは司書経験者としてちょっとどうかと思ったが、そこで「こいつダメでしょ」みたいな表情のエルファバが後でフィエロの人生が実は満ち足りていないことを指摘するので、つまりこれは本(体系化された過去の知識)を軽視するのは一見楽しいけど実は幸せな人生につながらないよ?ということを示唆しているなかなか複雑な展開なのだと思う。

 もうひとつは、正直『ウィキッド』は第一幕のほうが第二幕より台本の点でも大曲がある点でも盛り上がる作品なので、第一幕をじっくりやってそれで終わるこの映画は楽しく感じるというのがあるのだと思う。何しろ"Defying Gravity"で終わって、お客さんはそれを頭に入れて映画館を出て行けるというのがいい。一方で第二部の映画はどうなるのかという点ではけっこう不安もある。

ジェイムズ・マカヴォイの演技がいいホラー~『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』

 ジェイムズ・ワトキンズ監督『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』を見てきた。2022年のオランダ・デンマーク映画胸騒ぎ』のリメイクだそうだが、原作は見ていない。

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 アメリカ人の夫婦ルイーズ(マッケンジー・デイヴィス)とベン(スクート・マクネイリー)はイタリアで休暇中に英国人の夫婦パディ(ジェイムズ・マカヴォイ)とキアラ(アシュリン・フランシオーシ)に出会う。イギリスの田舎に農場を持っているというパディとキアラに招待され、ふたりは娘を連れて農場に滞在することになる。ところがパディとキアラにはいろいろ不審なところがあり…

 ルイーズとベンの行動が無分別すぎてちょっと強引に思える展開とかもあるのだが、とにかくマカヴォイの演技が面白い映画である。マカヴォイはこういうカリスマ性の下に変人ぶりが隠れているみたいな役は得意中の得意だと思うのだが、一見チャーミングなのに、ちょっとしたジョークとか家族に対する言動とかの中に不穏でズレたところ、身勝手そうなところがあり、だんだん怖い本性が現れてくる…というのをとてもうまく表現している。また、ルイーズとベンの夫婦はいろいろトラブルを抱えているのだが、大変なことになった時に母親のルイーズのほうがベンよりも落ち着いて家族を守ろうとするというような描写があり、このへんは現代風である気がする。

ちゃんとした歴史もの映画~『ホワイトバード はじまりのワンダー』(試写)

 『ホワイトバード はじまりのワンダー』を試写で見た。この作品は『ワンダー 君は太陽』の続編…というか前日譚である。

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 『ワンダー 君は太陽』でいじめっ子だったジュリアン(ブライス・ガイザー)が退学になり、転校して暮らしているところから始まる。パリから画家である祖母サラ(ヘレン・ミレン)が訪ねてきて、孫に自分の過去のことを話してくれる。サラはユダヤ人で、第二次世界大戦中にフランスでナチスにつかまりそうになったが、杖をついていた少年ジュリアン(オーランド・シュワート)に匿われる。

 大変ちゃんとした子ども向けのホロコースト歴史もの映画で、むしろ『ワンダー 君は太陽』よりもよくできているのでは…と思うところもあった。全体的には、弱い者をバカにしたりイジメたりすることはやがてはナチスにつながるような発想であり、少しずつでも勇気を出して良いことをするのが大事だし、善行は自分に返ってくる…というような子ども向けの教育的なメッセージがこもった作品である。ジュリアンが隠れているサラに勉強を教えたりして、できるだけ子どもらしい生活を続けられるよう気遣ってくれるあたりを細やかに描いている。イギリスの舞台で活躍していたパッツィ・フェランが先生役で出てきたりするあたりもいい。これを『ワンダー 君は太陽』の続編として作る意味はあまりよくわからないし(原作がシリーズものみたいになっていてその一作らしい)、ホロコーストを生きのびたおばあちゃんがいるというのにジュリアンの親はいったいどういう教育をしとるんだとかいろいろ疑問もあるのだが、前作を見ていなくてもまあ意味はわかる映画だろうと思う。