現代アメリカの政情を考えると非常に切実な映画~『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』

 フィリス・ナジー監督『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を見た。

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 アメリカで中絶が合法化される以前に実在していたジェーン・コレクティヴの話に緩く基づく映画である(ただし名前などはけっこう変えてある)。シカゴの郊外に住むミドルクラスの主婦ジョイ(エリザベス・バンクス)は2人目を妊娠するが、急に体調を崩し、このまま妊娠を継続すると命にかかわる危険があることがわかる。ところが病院は法律を楯に中絶を許可しない。にっちもさっちもいかなくなったジョイは「ジェーンに電話を」というサインを見て電話をかけ、女性たちの支援組織で違法な中絶を受ける。創始者のヴァージニア(シガニー・ウィーヴァー)の誘いでジョイは支援組織の運動に全面的に関わることになる。

 もともとは保守的な郊外の主婦だったジョイの中に潜んでいた正義感を、ぶっ飛んだヴァージニアが引き出していく過程が面白い。いったい人はどういうところからフェミニズム運動にかかわるようになるのか…というようなことをうまく見せている映画である。この2人を演じるバンクスとウィーヴァーの演技がとても良く、ウィーヴァーにはコミカルな見せ場もあって笑うところもある。一方で当時のフェミニズム運動が白人ミドルクラス女性中心的だったことについても、登場する黒人女性キャラクターであるグウェン(ウンミ・モサク)が作中で厳しく指摘しており、あまり深掘りされているとは言えないがおそらく史実には基づいた描写なのだろうと思う。

 時代の限界をそのまま描いているため、ちょっと物足りないところもあるが、けっこうよくできた映画だと思う。しかしながら現代アメリカの政情を考えると、出来がどういうという以上に非常に切実な映画だと言える。この映画はロー対ウェイド裁判で中絶がアメリカで合法化されるところで終わっており、ハッピーエンドと言えるのだが、現在のアメリカではこの判決が覆され、中絶が州によっては違法になっている。ヒロインのジョイが命にかかわる健康上のトラブルを抱えているのに中絶できないという最悪の状況に陥っており、いかにも「中絶する正当な理由がある女性」なのはたぶんこういう政情が背景にあるのだろうと思う。本来は正当な理由うんぬんなしに女性には生殖についての自己決定権があるはずなのだが、現在のアメリカの状況ではジョイみたいな女性でも中絶できないことが実際にある。そういう危機感を持って作られたからこういう映画になったのだろうと思う。