ウェールズのヒーローが見る、死ぬ前の走馬灯~『ナイ』

 ナショナル・シアターで『ナイ』を見てきた。ティム・プライスによる戯曲で、ルーファス・ノリス演出である。ウェールズで最も尊敬されている政治家で(首相になったロイド・ジョージより人気があるらしい)、国民保健サービスの父である「ナイ」ことアナイリン・ベヴァンの人生に関する作品である。

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 直線的な伝記ものではなく、全体が病気で入院したナイ(マイケル・シーン)が死ぬ前に見る走馬灯のような夢の枠に入っている。このため、ナイは始終パジャマみたいな格好だし、ベッドで寝ている人たちが地方議会出席者として登場してきたりするようなシュールなところもある。夢なので途中でミュージカルみたいになったりもする。ナイの夢ではない現実、つまり病院で展開していることも多少は描かれている。

 とにかくマイケル・シーンが演じるナイのかわいさ…というか愛嬌で推すタイプの芝居である。ナイはウェールズの鉱山労働者の家庭に生まれた社会主義者として苦労して議会に入り、国民保健サービスを実現させるという大きな業績をあげたが、妻のジェニー(シャロン・スモール)とは確執もあったし、今までやってきたことの中でいろいろ問題もあった。その悩みや幸せを全部反芻するナイをマイケル・シーンがものすごく感じがよくて愛らしい人として演じており、政治家にはこういう魅力が必要なんだろうな…と思いながら見ていた。

 一方でプロットは整理されていないと感じられるところもある。序盤の地方議会に議員を送り込んで影響力を高めよう…というようなところは面白かったのだが、それ以降やや駆け足だなと思うところもわりとある。私はナイの妻のジェニーがもともと非常に有力な庶民院議員だったが、結婚後に政治家としての活動をやや控えるようになったというようなことを全く知らなかったので(この人も後で大臣になってオープン大学設立など大きな業績をあげている)、妻との関係はもうちょっと丁寧に描いてもいいのでは…と思った。ナイがウェールズの英雄になるキーとなった出来事である国民保健サービスの導入についても少し飛ばし気味だと思うので、もっとツッコんで描いていもいいと思う。この点で走馬灯形式よりも直線的な伝記ものにしたほうがよかったのでは…という気もする。同じ政治家伝記ものではBeyond Belief: The Life and Mission of John Humeのほうが整理されていて戯曲としての完成度は高かったように思う。