面白いが時代を感じさせるところもある古典の読み替え~『ウィキッド』

 『ウィキッド』をロンドンのヴィクトリア・アポロ劇場で見た。日本でもやっていた作品だが見たことがなく、初見である。『オズの魔法使い』の西の悪い魔女をヒロインにした古典の読み替え前日譚である。

 西の悪い魔女ことエルファバが倒された後、良い魔女グリンダが実は昔エルファバと友達だった…という話を持ち出され、回想をするというような枠がある。エルファバはマンチキン総督一家の娘だが、母親の不倫でできた子どもで、生まれた時から肌が緑色だった。そのため、母がまた妊娠した時には父親が次女の肌が緑色にならないよう、特別な草ばかり食べさせていたので、おそらくそのせいでエルファバの妹ネッサローズは両足が動かない。エルファバとネッサローズはシズ大学に入学し、そこで人気者のグリンダと出会う。最初はエルファバをいじめていたグリンダだが、反省して仲良くなる。一方、エルファバは大学で魔法の才能を見いだされる。

 かなり複雑なプロットで、『オズの魔法使い』に出てくる登場人物や出来事の先取りもある。ファンタジーらしい美術や衣装もいいし、歌もパワフルだし、波瀾万丈な展開で飽きさせない作品だ。女性同士の友情の機微を描いている展開は面白いし、総督になったネッサローズが、マンチキンのボックを手元に置いておくためにマンチキンの権利を抑圧する…という残酷な展開はアメリカの奴隷制を思わせる。有名な'Defying Gravity'は本当にエルファバが空中に浮いた状態、つまり重力に抗った状態で歌われるので、視覚的にも聴覚的にも非常に見応えがある。

 一方、2003年の作品ということで、作られた時代の背景を思わせるところもけっこうあるな…と思った。この頃は古典ベースの学園ものが流行っており、ハイスクールロマコメ的なものは現在よりも存在感があったように思うのだが、この作品もエルファバとグリンダが知り合って仲良くなるまでの過程はけっこうスクールコメディっぽい。グリンダはけっこうイヤなクイーンビータイプだし、クイーンビーと仲良くしていたイケメンのフィエロが、見た目はパッとしないが才能豊かで面白いエルファバに心惹かれるようになって…というのも時代を感じさせる(今ならそもそもこのロマンスじたいが要らないという話になるんじゃないかと思う)。さらにエルファバがネッサローズの恨み言を聞いて足の麻痺をなくしてやるところはちょっとエイブリズムっぽい…というか、別にネッサローズは車椅子のままでもいいんじゃないかとは思った。一番思ったのはオチが「実際の歴史はこうだけど政治的理由で隠蔽されている」という話になっていることで、陰謀論やらオルタナ歴史やらがどんどん不健康な方向性に展開している今だとこういう話をポジティブに作ることはなかなか難しいが、2000年代だと古典をこういう方向性で読み替えるのはアリだったんだな…と思った。

手ブレがキツい~『ラジオ下神白―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』(試写)

 『ラジオ下神白―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』を試写で見た。

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 東日本大震災原発事故で被災した福島の方たちが住んでいるいわきの下神白で行われた「ラジオ下神白」プロジェクトについてのドキュメンタリー映画である。故郷の思い出とか心に残っている曲とかについて聞き取りをして音源を作り、さらにはバンドやビデオや歌声喫茶みたいなものも作るという内容だ。下神白の人たちとアーティストのアサダワタルを中心に行われた被災支援プロジェクトである。

 こういう企画は被災者のためにも、また被災者のみならず社会全体のためにも非常に重要なことであると思ったし、それを映像で記録しておくことにもとても価値があると思った…のだが、一方でこれは私が大変苦手とするタイプのドキュメンタリーである。手持ちで撮っているところが意外に多く、ものすごい手ブレがあるところがある。自宅で見ていたのだが、数回ちょっと気持ち悪くなって休んだ(映画館で見なくて良かった…)。

テンポのいいエンタメスリラー~『貴公子』(試写、若干ネタバレあり)

 パク・フンジョン監督の新作『貴公子』を試写で見た。

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 フィリピン人の母と韓国人の父の間に生まれ、母子家庭で育ったボクサーのマルコ(カン・テジュ)は病気の母の面倒を見るため、裏社会で危ない橋を渡りながらなんとかお金を稼ごうとしていた。そんなマルコのもとに、韓国で父親が見つかったという知らせが入る。大金持ちだが病気だという父親を訪ねて韓国に向かうマルコの前に、「貴公子」なる謎の男(キム・ソンホ)が現れる。

 韓国人男性とフィリピン女性との間に生まれ、父親に捨てられた子どもたち(「コピノ」と呼ばれて蔑まれている)に対する偏見を背景にしており、社会問題をわりときちんと扱ってはいるし、また韓国映画らしく、お金持ちの傲慢さを誇張して諷刺しているところもあるのだが、全体的にはテンポのいいアクションと二転三転する展開で手堅くまとめたエンタメスリラー作品になっている。オチは途中で見えるところもあるし、やや強引なところもないわけではないのだが、キム・ソンホ演じる、いつも微笑んでいてハンサムなのに非常に感じが悪い…というか独特の不穏な感じをたたえた「貴公子」ぶりが面白く、裏社会で暮らしているわりに真面目で不器用なところがあるマルコといい対照になっている。ずっとかなり暴力的なアクションや深刻な状況が続く作品だが、最後はちょっと緊張が緩んで面白おかしくなるところもあり、とくに突然の禁煙推しには笑ってしまった。

好みが分かれそうな…『クラユカバ』(試写)

 『クラユカバ』を試写で見た。神田伯山が声をあてる探偵・荘太郎が集団失踪事件を操作するというアニメ映画で、レトロな美術が特徴の作品である。たぶんこういう雰囲気の作品が好きな人にはものすごくハマるのだろうと思うのだが、私はそこまででもなかった。

好みの点ではあんまり…『クラメルカガリ』(試写)

 『クラメルカガリ』を試写で見た。『クラユカバ』のスピンオフということで同じ世界観で展開する。ビジュアルはけっこう面白いところもある…のだが、ありがちな少女ものみたいな感じで『クラメルカガリ』よりもあんまり印象に残らなかった(こういうのが好きな人は非常に好きなのだろうな…と思うところはある)。

下剋上とはいえ、けっこうキツい話でもある~『中村仲蔵~歌舞伎王国 下剋上異聞~』(配信)

 源孝志作、蓬莱竜太演出『中村仲蔵~歌舞伎王国 下剋上異聞~』を配信で見た。

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 有名な歌舞伎役者で、歌舞伎一門の出身ではないものの出世して日本の舞台芸術史に名をとどろかせることになった初代中村仲蔵藤原竜也)の伝記ものである。伝記とはいえ現代風な作りで、使っている言葉などもカタカナ語があったりする。有名な『仮名手本忠臣蔵』の逸話(中村仲蔵が革新的な役作りで演出を変更してその後の演出が変わった)の前には、あまり『忠臣蔵』に詳しくない現代のお客のための解説タイムもある。このため、全く予備知識がなくても楽しく見ることができる。

 最後は仲蔵が大成して役者仲間からも尊敬されるようになるサクセスストーリーなのだが、全体的に梨園出身ではない役者に対する差別・偏見が強調して描かれており、なかなかキツいところも多い話である。とくに最初でいきなり仲蔵が八百蔵(市原隼人)から悪質な性暴力を受け、それでも周りからは生え抜きでない仲蔵が歌舞伎界で身を立てるためには必要…みたいなことを言われてしまう場面はショッキングだ。しかも演じているのが藤原竜也で、いつもながらエモーショナルにへこんでいるので実に可哀想である。さらにその後も暴力的ないじめを受け続ける…のだが、もそもそ養母に虐待みたいな英才教育を受けていたのもあって仲蔵はなかなかへこたれないたちで、冷遇されて自殺を考えるような状況に追い込まれても、発想と工夫と演技力で勝負してひっくり返し続ける。見ていると観客は仲蔵を応援したくなる…ものの、性暴力やいじめが乗り越えるべき障壁みたいになってしまっているのは、たとえ今の歌舞伎界のハラスメント体質を暗に批判しているとしてもちょっと暴力の扱いが軽くないかなぁ…という気はする。仲蔵は成功したからいいが、たぶんいじめられてつぶれた役者もたくさんいたのだろうと思ってしまう。