始終つまんない人生よりも、一時だけでも本気で楽しいほうがいいよね~木ノ下歌舞伎『勧進帳』(ネタバレあり)

 杉原邦生演出、木ノ下歌舞伎『勧進帳』を見てきた。山伏一行に返送した源義経武蔵坊弁慶たちが関所を通ろうとしていろいろ機転をきかせる有名な『勧進帳』の話を現代化したものである。2010年に最初に制作し、2016年に変更を加えて再度作っており、今回のバージョンはその再演である。

 少ないキャストで、関所の番人と義経一行の台詞が少ないメンバーは1人2役である。ラップやダンスが入り、最後にはスナック菓子も登場するモダンな演出だ(PARCO劇場の『新ハムレット』でもラップがあったが、このところ流行っているのだろうか)。笑うところもけっこうあり、メリハリの効いた演出だ。武蔵坊弁慶(リー五世)は巨体でいかついのだが、小柄な源義経(髙山のえみ)に寄せる忠義心には非常に優しいところがあり、そのギャップが面白い。

 この作品で面白いのは関守である富樫左衛門(坂口涼太郎)の心境の変化である。富樫は最初のほうはいつも退屈そうなノリの悪い男で、せっかくもらったレッドブルをろくに飲まず(レッドブルを!?飲まないんですか?!)、番人たちともあまり打ち解けず、しれーっとしている。ところが弁慶の奮闘ぶりや義経一行の堅い友愛の絆に基づく団結を見て、なんだか自分の人生はこんなにつまらなくていいのだろうか…みたいなことを感じはじめていると思う。富樫はだんだん相手が義経一行だということを察してそれでも逃がすわけだが、このあたりの流れが非常に現代的で、忠義の心に感じ入って…とかいうよりも、むしろ心から信頼しあっている友人たちが楽しそうにしているのを見て、自分もこの時だけでも楽しい人生のお相伴に与れるのでは…と思って見逃したように見える。レッドブルをスルーした富樫が大量のお菓子やたこ焼きを買ってきてレジャーシートで宴会をするのは、富樫が斜に構えた態度をやめてみんなで飲み食いすることの楽しさに目覚めたことを示している。最後のラジオ放送からわかるように、この後富樫はたぶん厳しく処分されるので未来は暗いのだが、それでもたぶん富樫は自分が処分されるとわかっていても一時だけ楽しい心の交流を選んだ。

 短い演目だが、実はこれこそ芝居の醍醐味…みたいなものを抽象的に示している作品なのではないかと思う。私たちは他の大事なことをほっぽり出して、2時間くらいみんなで楽しむためだけに劇場に来る。たぶんそうしたほうが人生が楽しいからだ。それはアホで無駄なことなのかもしれないが、私たちは絶対にそれを必要としている。後で仕事がヤバくなるかもとか思いつつ舞台を見に来てしまう我々は富樫だ。この作品の最後のレジャーシート宴会は、劇場に来る観客の気持ちとものすごくつながってくるところがある場面だと思う。