デザイン博物館「スタンリー・キューブリック展」

 デザイン博物館でスタンリー・キューブリック展を見てきた。二部に分かれており、最初はアーカイヴ資料の展示で、キューブリックのリサーチの綿密さを示すような史料がたくさん展示されている。企画して作れなかった映画についての調査資料なども多数あり、オードリー・ヘプバーンにナポレオンの映画のジョゼフィーヌ役を出演を打診して断られた時の手紙の現物などが展示されている。後半はキャリアに沿って重要な作品の関連資料を紹介するもので、映像資料も豊富だ。

designmuseum.org

結末は人に言わないでください~アガサ・クリスティ『ねずみとり』

 セント・マーティンズ劇場で初めてアガサ・クリスティの『ねずみとり』を見てきた。本当は『ユリイカ』に『ヘイトフル・エイト』論を書く前に見たかったのだが(『ヘイトフル・エイト』はクリスティ的な作品でとくに『ねずみとり』に似てる)、まあ間に合わなかったので…1952年からロングランしている、ウェストエンドで最長公演記録を更新中の芝居である。なんでも一度見たお客さんが子どもや友人を連れて見に来ることにより、ファン層の更新に成功しているらしい。なれ合いにならないようにキャストを変えるなど、いろいろ工夫もしているそうだ。

uk.the-mousetrap.co.uk

 舞台はロンドンまで鉄道で日帰りできるくらいのところにある田舎の山荘で、モリーとジャイルズの若夫婦はゲストハウスを開いたばかりである。お客が次々と到着するが、吹雪で山荘は孤立してしまう。ところがそんな中、山荘に警官がやってきて、ロンドンで起こった殺人事件とこの山荘にかかわりがあるらしいということがわかる。そして殺人が…

 

 戯曲はもちろん読んだことがあるのだが、お芝居を見て初めて、登場人物のミス・ケイスウェルがレズビアンであることに気付いた。これは初演当時から明確にそう演出してあったのか、最近の演出ではっきりさせるようにしたのかはわからないが、まあ今見ると明らかにそうである。あと、ボイル夫人は『そして誰もいなくなった』のミス・エミリー・ブレントに似たキャラクターで、どちらも自分の無責任のせいで人が死んでいるのに態度を改めないというたいそう困った人なのだが、クリスティ作品に出てくるこういう不愉快なおばさまキャラというのは何か背景があるのだろうか。

 

 序盤はけっこうたるかった…というか、何しろ2時間以上ある芝居でボディカウントはたった1だし(舞台が始まる直前にもう1人死んでいるので2と言ってもよいのかもしれないが)、吹雪で閉じられた空間なので動きがやや少ないのだが、けっこう工夫してところどころで笑わせるようにしており、終盤はなかなか面白かった。悪役が豹変するところではお客さんがみんな息を呑んでいたし、カーテンコールでは久しぶりに悪役がブーイングされるのを聞いた(イギリスの舞台では、憎たらしい悪役が上手に演じられた時はカーテンコールで拍手ではなくブーイングをする習慣がある)。最後には「結末を人に言わないで」というお約束のご挨拶があり、52年からやってるのに結末を隠すのは無理では…と思いつつ、まあ毎回ここまでやって一演目なのだろうなーと思った。

ウェルカムコレクション"Smoke and Mirrors: The Psychology of Magic"(「煙と鏡:マジックの心理学」)

 ウェルカムコレクションで"Smoke and Mirrors: The Psychology of Magic"(「煙と鏡:マジックの心理学」)という展示を見てきた。無料展示なのだが大変充実したもので、19世紀の心霊主義から奇術、最近の心理学における騙しやバイアスの研究成果などをとてもわかりやすく展示している。初期映画から最近の研究成果の紹介ビデオまで、映像資料も豊富だ。コナン・ドイル関係の展示などもある。

wellcomecollection.org

ブリティッシュ・ライブラリー"Leonardo da Vinci: A Mind in Motion"展

 ブリティッシュ・ライブラリーで"Leonardo da Vinci: A Mind in Motion"展を見てきた。貴重な手稿類からレオナルドの動きに関する考えを探求するというものである。このところ演技論の研究書などを読んでいるので、レオナルドが動きについてどう考えていたのかを説明する展示は興味深く見ることができた。キオスクを使った電子展示もあるのだが、レスター手稿というレオナルドの大変貴重な手稿は現在、ビル・ゲイツの財団の所蔵だそうな。

www.bl.uk

ホンモノの法廷みたいなホールで行われるリアルな上演~『検察側の証人』(ネタバレ注意)

 アガサ・クリスティの『検察側の証人』を見てきた。これは次の学期に三田のクラスで読むことになっているので、楽しみにしていたものだ。

www.witnesscountyhall.com

 もとは短編小説なのだが、戯曲は本格的な法廷ものになっている。貧しい若者レナードが知り合いの中年女性エミリーを殺害した疑惑をかけられ、それまでは夫に献身的な愛情深い妻だったはずのロメインが急に検察に有利な証言をし始める様子を弁護士たちが調査する…という物語だ。クリスティらしくかなりのどんでん返しがあり、ネタバレ注意な作品である。

 このプロダクションのポイントは、ふつうの劇場ではなくロンドンカウンティホールを使っていることだ。1920年代に作られた建物で、長年ロンドン市議会など市の機関が使っていた。議会や公聴会などを開くことを想定して設計した場所なので作りが非常に公的機関っぽく、このプロダクションはそこをうまく使っていてまるでホンモノの法廷で裁判を見ているみたいなリアルさを醸し出している。冒頭の弁護士事務所の場面はちょっとたるかったのだが、法廷場面になると俄然面白くなる。議長席と思われるところに判事が座り、脇には陪審員席に見たてた12人用の席もあって、お客さんがそこに座って陪審員をつとめるという客いじりもある。証人を呼ぶ時は脇にあるドアから係員に誘導されて入ってくるという演出で、このあたりの細かい動きも本当の法廷みたいである。

 

 他の演出上のポイントとしては、プロローグとしてレナードの悪夢が実際に舞台上で演じられるところや、弁護士たちが証拠をとある登場人物からもらうところでは舞台がほぼ真っ暗だということがある。この舞台を真っ暗にするのはちょっとズルい…というか、戯曲を読んだことがある者としてはややアンフェアな感じがしたのだが、そのへんは舞台の制約上仕方ないのかもしれない。

 

 なお、議会を開く場所の公聴席が客席になるということで、椅子が非常に良くない…というか、座るところが少なくて背もたれがまっすぐな椅子で、正直2時間以上ある芝居を見る椅子ではなく、見た後はかなり疲れた(隣の人も「椅子がアップライトすぎる」と文句を言ってた)。あと、面白いのはお客さんの人種がかなり多様で、話しぶりからするとふだんお芝居をよく見に来ているわけじゃなさそうな人も多いということだ。アガサ・クリスティは人種や背景を超えて人気がある作家なんだなと思った。

プロコフィエフからロマンティックを引くと…マシュー・ボーン版『ロミオとジュリエット』(ネタバレあり)

 サドラ-ズ・ウェルズ劇場でマシュー・ボーン版『ロミオとジュリエット』を見てきた。完全な新演出である。

new-adventures.net

 プロコフィエフの音楽を使っているが、設定は相当変わっている。近未来の全体主義的な管理教育を行う寄宿学校を舞台に、監視員のティボルト(ダニー・ルーベンス)から性的虐待を受けているジュリエット(セリーン・ウィリアムズ)と、有力政治家の息子で学校に入れられたロミオ(アンディ・モナハン)が恋に落ちるというものである。マキューシオとバルサザーは恋人同士だが、マキューシオは泥酔したティボルトに殺害されてしまい、暴れ続けるティボルトをロミオとジュリエットが殺してしまう。引き裂かれた2人はローレンス師(学校で働く比較的ものわかりのいい女性)の手引きで会うことができるが、PTSDにかかったジュリエットがティボルトの亡霊に苛まれ、狂乱してロミオを刺してしまう。絶望したジュリエットは自殺する。

 

 全体的に、プロコフィエフの音楽に含まれているロマンティックなところを極力目立たせないようにして、現代音楽らしいギシギシした不協和なところ、不穏なところを強調することにより、全体主義的で不条理な世界を浮かび上がらせるような演出の作品である。たまに音楽が盛り上がるところでは、ロミオとジュリエット、あるいはマキューシオとバルサザーの若々しい恋の清々しさがチラっと見えるようになっていて、メリハリがある。背景に金網のような大きな塀があり、前方に男女に分かれた入り口のある壁セットは刑務所のようだ。ジュリエットがかなり複雑なキャラクターで、冷たい世界の中で虐待と抑圧に耐えて生きており、純情なロミオとの愛によって一瞬希望が見えるが、虐待による心の病のせいで悲劇的な結末を迎える。暴力がふんだんに出てくるショッキングな翻案で、ジュリエットの虐待と病の強烈な描写は賛否が分かれそうだが、これはこれで良いのではないかと思った。

テイト・モダン「ナタリア・ゴンチャロワ展」

 テイト・モダンでナタリア・ゴンチャロワ展を見てきた。デザインから絵画まで幅広く活動したロシアの芸術家で、第一次世界大戦前後のロシア前衛芸術を主導したアーティストのひとりである。全体的に雪国っぽいセンスが感じられてすごく良かったのだが、一番興味深かったのはバレエ関連のデザインである。ディアギレフやストラヴィンスキーのためにバレエの舞台や衣装のデザインを提供していたそうで、ロイヤルバレエの再現振付ビデオなども見られる。