これ、クイーン要らないよね~『Q:A Night At The Kabuki』

 『Q:A Night At The Kabuki』を見てきた。野田秀樹の新作でクイーンの楽曲を全面的に使用、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の翻案でオールスターキャストということで凄い話題作である。過剰な転売対策が行われていて(客にも劇場にもえらいコストだ)、入場するのすら一苦労だ。

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 前半部分はかなり『ロミオとジュリエット』なのだが、設定は源平合戦で、源氏のお姫様である愁里愛(じゅりえ)と平家の御曹司である瑯壬生(ろうみお)の悲恋を描くものである…のだが、若い愁里愛を広瀬すず、のちの愁里愛を松たか子、若い瑯壬生を志尊淳、のちの瑯壬生を上川隆也が演じていて、つまりロミオとジュリエットが2人ずついることになる。この2組が時空を超えて交錯しながら話が進むわけだが、後半は実はロミオとジュリエットが生きていたというような設定で、戦争とかシベリア抑留(すべり野)の物語になる。

 

 話じたいはかなり考えられたもので、破局を振り返り、なんとか止めたいと思いつつも結局は悲しい運命に抗えないという悲劇的な物語でありつつ、愛の強さについての物語でもある。戦争による破壊を愛を切り裂くものとして描き、日本の歴史を織り込んで表現しているという点では政治的でもある。ただ、前半は正直シェイクスピアのダイジェストみたいに見えるところもあり(法皇周りのくだりはちょっとぐだぐだしているような)、ダイナミックなのはむしろ後半のオリジナルの部分だと思った。

 しかしながら、シェイクスピア研究者クイーンファンである私の感想としては、この芝居、クイーンは要らないと思う。一応、アルバム『オペラ座の夜』からインスピレーションを得て…ということになっているのだが、たぶん一曲もクイーンをかけなくても成立すると思われるし、効果的に使われていたと言えるのは「ラヴ・オヴ・マイ・ライフ」(これはちゃんと使ってた)と「ボヘミアン・ラプソディ」くらいで、他の曲はあまり歌詞がシチュエーションにあっていないものも多かった。それで、クイーンのけっこう濃い歌詞と濃い役者陣(主役の4人はもちろん、竹中直人とか橋本さとしとか河内大和とかみんな濃い)が演じる場面の内容があんまりあってないため、豪華同士で食い合わせが悪くて、情報が処理できない。まるでウニいくら丼とチョコレートパフェを一緒に食べさせられているような変な感じがする。

 

 役者陣は濃いだけあって皆けっこう良かった。松たか子が最後に手紙を読むところは非常に切なく、さすがだと思った。広瀬すずは、台詞回しは改善の余地がある気がするが、表情とか身振りは非常に人を惹きつけるものがあった。ただ、広瀬すずについてはちょっと見ていて不安に思うところがあった。藤原竜也が初めて『ハムレット』をやった時、傷つきやすく感情表現が豊かでオーラのある主役の身体に引っ張られすぎて、巧妙な台詞回しとか明晰な場面解釈とかがおろそかになりがちだというような批評があったと思うのだが、広瀬すずにもそういう気配がある気がする。たぶん、この舞台を見て広瀬すずを使いたいという演出家もいたかもと思うのだが、今回みたいにみんな濃い芝居ならいいものの、あのオーラだけに引きずられた演目が続くといろいろ良くないことになる気がする。