女王を称えてるだけ~『ボヘミアン・ラプソディ』における、クイーンの外に広がる闇

 『ボヘミアン・ラプソディ』を見てきた。言わずと知れたクイーンの伝記映画である。

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 主人公であるザンジバル生まれのパールスィー家庭の息子フレディ(ラミ・マレック)がギターのブライアン(グウィリム・リー)とドラムのロジャー(ベン・ハーディ)のバンドに入り、ベースのジョン(ジョゼフ・マゼロ)も加入して大成功するが、やがてフレディは自分がゲイ(あるいはバイセクシュアル)だということを自覚しはじめ、恋人のメアリー(ルーシー・ボイントン)とも以前ほどうまくいかなくなってきたり、バンドとも亀裂が生じていろいろなトラブルを経験し、やがてエイズになったことがわかるが、ライヴエイドで奇跡の復活を…という話である。

 

 とりあえず私のクイーンに対する思い入れが相当偏っているからかもしれないと思うのだが(初めて自分のお金で買ったシングル盤はフレディ追悼盤「ボヘミアン・ラプソディ」だった)、私はこの映画が全然、好きじゃない。初っ端からライヴエイドの予告的な映像を持ってきて大音量で音楽をかけ、強制的に観客の精神状態を上げておいてそのままの勢いで最後まで疾走するという作りは凄いと思うし、フレディを演じるラミ・マレックをはじめとして役者陣の演技はとてもちゃんとしてて、つまらない映画ではないと思うのだが、脚本は相当にスカスカだと思う。

 

 まず、最後にライヴエイドをえんえんと見せるところが個人的に気味悪かった。私は子供の時に何度もクイーンのライヴエイドの映像を繰り返して見ていたのだが、マレックのパフォーマンスはなんか降霊術リップシンクを見ているみたいだ。何しろ音源はクイーンのものをそのまま使っているので、ただの物真似だ。しかもライヴエイドの間は話は全然進まないし、これならホンモノのクイーンのライヴ映像を映画館で大音量で見たほうがいいと思う。

 

 ライヴエイドで演奏した曲についてそれまでのエピソードで経緯が描かれていないのも良くない。「ボヘミアン・ラプソディ」以外の曲については全然、それまでの映画に出てこなかったものだ。とくに代表曲である「伝説のチャンピオン」はクイーンのキャリアの上でも物語上でも重要な楽曲になるはずなので、それ以前に一度出しておくべきだったと思う。どういう気持ちで作った曲なのかを描かずに最後に出てくるので、映画中ではそれまでのキャリアの集大成として描かれるべきライヴエイドの各楽曲がどういう機能を果たしているのかよくわからない。なお、この場面はライヴエイドの完全な再現ではなくてカットされている楽曲があるのだが、「ウィー・ウィル・ロック・ユー」は実際に歌ったはずなのにカットされてて、映画の中盤でこの曲の経緯が詳しく描かれていたのを考えると楽曲のチョイスが相当おかしいと思った。ちなみに他にもいきなり出てくる楽曲はあり、フレディとデヴィッド・ボウイがデュエットした「アンダー・プレッシャー」が突然かかるところのはかなり唐突だ(ボウイはクイーンと協働する登場人物としてはちゃんとこの映画に出てこない)。

 

 基本的にこの映画においては、クイーンの外に音楽は存在しない。他のミュージシャンが全然出てこないので、クイーンがどういう音楽的な背景から出てきたのか、どういうシーンに登場したのか、どういう文脈で評価や批判を受けたのかということが全然わからない。画面にきちんとうつるミュージシャンはライヴエイドのオーガナイザーだったボブ・ゲルドフだけで、しかもゲルドフは演奏しない。この映画は基本的にシーンの孤高の女王であるクイーンを称えるだけで、クイーンの外には音楽的な闇が広がっている。フレディがソロ活動をはじめて他のメンバーから反発をくらい、失敗するというのは、この外部に広がる音楽的な闇を強調するものだ。クイーンはクイーンだけで閉じていて、外には得体の知れない不毛な音があるだけだ。

 

 しかしながら、こういう描き方は史実には全くのっとっていない。既に指摘されているように、フレディがソロアルバムを出す前にロジャーもブライアンもソロ活動をしている。またまた、ライヴエイドの後にフレディがオペラ歌手であるモンセラート・カバリェと組んで作った『バルセロナ』は野心的な作品「バルセロナ」を生んでいるし、このアルバムにはジョンもベースで一曲参加したりしているので、別にフレディのソロ活動は不毛で他のメンバーに恐れられる闇というわけではなかったはずだと思う。この映画ではそういうクイーンの外に広がる音楽世界は一切存在せず、ネガティヴなものとして描かれている。

 

 音楽的なものの描き方以外についても、全体的にこの映画は史実にはあまり準拠しておらず、とくにフレディのエイズをめぐる描き方はお涙頂戴のため事実を歪曲していてフレディに対する侮辱だと批判されている。フレディのパーティ三昧のライフスタイルが非常に不道徳なものとして描かれており、悪いゲイに誘惑されて道を踏み外したが、最後はちゃんとした男性と出会って家族やバンドのもとに戻ってくる…という展開も保守的だ。ファンとしては「なんであのエピソードがないんだろう」とか「なんであの曲を使わなかったんだろう」と思えるところもたくさんある(個人的には、古い教会を改装したスタジオで撮った「ウィー・ウィル・ロック・ユー」をいつものスタジオで撮っているのに、ライヴエイドのリハーサルは教会スタジオでやっていたのが凄く気になってしまった)。映画としては一応まとまっているんだろうが、この映画よりも実際のクイーンのほうが何倍も素晴らしくて、何倍もヤバいバンドだったと思う。

 

 私は全然好きになれなかったが、この映画で今までクイーンを聴いたことがなかった人の耳にもクイーンが届くんならそれでいいと思う。この映画はクイーンのほんとうに表面にすぎないので、奥にはもっと深い荒波が広がっている。もしこの映画で初めてクイーンを聴いてこれから他の曲を聴こうという人がいるのなら、すごくうらやましい。これから初めて聴ける素晴らしい曲がたくさんあるからだ。"Tie Your Mother Down"も"'39"も"One Vision"も、これから初めて聴ける。