門を閉じて前に進むこと~『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(ネタバレあり)

 『シャン・チー/テン・リングスの伝説』を見てきた。MCUの最新作で、フランチャイズで初めて東アジア系のキャストでほぼ固め、主要スタッフもアジア系という作品である。

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 テン・リングスと呼ばれる魔法の腕輪を手にして不老長寿と力を得たシュー・ウェンウー(トニー・レオン)は犯罪組織のトップとして君臨していたが、中国の竹林の奥にある魔法と武道の村ター・ローで入り口を守っていたイン・リー(ファラ・チャン)と戦った末に恋仲になり、引退して家庭に入る。息子と娘が生まれて平穏に暮らしていたが、イン・リーの死をきっかけにウェンウーはまた犯罪組織に復帰する。暗殺者として育てられた息子シャン・チー(シム・リウ)はやがて組織から逃げ出し、サンフランシスコで平穏な生活をしていたが、ある日突然バスで襲撃され、それをきっかけに捨てた家族と再会することに…

 全体的に非常によくまとまった作品である。ツイ・ハークとか『グリーン・デスティニー』などの香港アクション映画を思わせるところもあり、一方でMCUとか007シリーズなど国際市場を意識したビッグバジェット映画らしいところもあり、そのあたりのバランスがかなりしっかりしている。アクション場面にそれぞれ違う工夫があり、少しずつ見せ方を変えていて飽きない。また、美術のほうも東アジアの伝説上の動物とかをきちんと取り込んでいて、ター・ローの村ではとても可愛らしい渾沌やら九尾の狐やらを見ることができる。

 お話のほうはまるで明るいクリストファー・ノーラン映画といったような風情で、亡き愛妻を想うウェンウーの強い執着心が世界の危機を招いてしまう物語である。このウェンウーを演じるトニー・レオンが相変わらず大変な色男で、最初にウェンウーがイン・リーと出会って竹林の中の水辺で戦うところなどはほとんどラブシーンかと思うほど親密感があり、たぶん今までのMCU映画の中で一番セクシーな戦闘場面だろうと思う。一方、ウェンウーの息子であるシャン・チーは暗殺者として育てられたにしては明るく楽しい性格で、親友のケイティ(オークワフィナ)とのやりとりは大変可笑しい。このあたりのバランスがしっかりしていて、あまりじめじめしないようになっているところが良い。

 全体的にこの作品には門を守る/破るというモチーフがたくさん出てくる。ター・ローの村に魔物の世界に通じる門があり、そこを村人たちが門番として守っているというのが大きなポイントだが、他にも最初の戦いは村の入り口を守るイン・リーと侵入者ウェンウーの戦いだったり、途中でシャン・チーが建物に入る時にヤバい契約書にサインさせられるところがあったり、テン・リングスから脱走する際には敵を利用して指紋認証を逃げ切るところがあったり、開門/閉門がプロットの転換点でだいたい出てくるようになっている。これについてはけっこう楽しいシェイクスピア小ネタが盛り込まれており、途中でテン・リングズの基地に監禁されていたトレヴァー(ベン・キングズリー、『アイアンマン3』のマンダリン周りの話をここで回収)がぶつぶつ言っているのは『マクベス』だが、この芝居には通称「地獄の門番」と呼ばれる役があり、トレヴァーがぶつぶつ言っていた中には地獄の門番が出てくる直前、城の門をノックする音をマクベスが聞いたところのセリフもあった。たぶん監禁中はマクベスのみならず、地獄の門番のセリフなんかもずーっとやっていたのであろうトレヴァーがター・ローの村への門を開ける役になるというところが面白い。

 そしてこの作品では、門を閉じることは記憶へのこだわりを閉じることであり、過去への郷愁を捨てて前に進むことに通じる。『アベンジャーズ/エンドゲーム』の内容がいなくなった人々を取り戻すことだったことを考えると、『シャン・チー』のテーマは逆…というか、既に去った人々に執着することは人生の危機を招くので、過去への門は閉じて前に進むべきだ、ということだ。これはたぶん『アベンジャーズ/エンドゲーム』で引退してしまったヒーローがけっこういて、MCUフランチャイズが新しいフェーズに入るからなんだろうなと想う。