今月よりwezzyでヘイズ・コードとそれ以前の映画についての特集を始めます

 今月よりwezzyでヘイズ・コードとそれ以前の映画についての特集を始めます。1回目は「知られざるプレコード映画の世界(1)~実は奥深い映画規制「ヘイズ・コード」」ということで、実際にみんなあまり読んだことはないのであろうヘイズ・コードについての解説です。来月以降、いくつか面白いプレコード映画を紹介したいと思っています。

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家族ホラーと涙目のハムレット~ブリストルオールドヴィク『ハムレット』(配信)

 ブリストルオールドヴィクの配信でジョン・ヘイダー演出『ハムレット』を見た。

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 現代の衣装で、セットも黒っぽい現代風の美術である。後ろにかなり大がかりな回転する機構がある。オーソドックスに黒ずくめのハムレットビリー・ハウル)をはじめとして、みんな色みは抑え気味の衣装で陰鬱な雰囲気だ。休憩を入れて3時間あるのだが、わりとスピーディで台本についてもけっこうカットしており、一方で短く不完全な版だと言われている第一クォートからセリフを持ってきているところもある。

 冒頭はおなじみの'Who's there?'ではなく、クローディアス(フィンバー・リンチ)がガートルード(ニーヴ・キューザック)との再婚を発表するアナウンスの録音をハムレットがひとりで聞いているところから始まる。この作品のハムレットは音声レコーダーを持ち歩いていて、いろんな音を録音して後で聞き直したりしているし、またノートを持って歩いてメモもとっているようだ。独白の場面でお客さんにノートを持っていてもらうなど、小道具を使って客いじりをすることもあるのだが、一方でこのなんでも記録しようとするハムレットの性格は、どんどん自分の世界に閉じこもる方向にも働いている。第3幕第3場でクローディアスを殺すことを考える場面では、実際にハムレットがクローディアスを撃ってしまうところで休憩に入り、再開後に前の場面がハムレットの願望だったことがわかる。クローディアス殺しを妄想した後、はずみでポローニアス(ジェイソン・バーネット)を殺してしまった後、ひとりでオフィーリア(ミレン・マック)の声の録音を聞き直しているハムレットは、すごく後悔しているようなのだがそれを素直にオフィーリアに告げることができないようだ。後のオフィーリアの葬儀の場面でひどく動転してしまうのは、こうしたことへの後悔がなせるわざなのだと思う。

 このハムレットは自ら劇中劇に殺人犯役で出演していて、ちょっとアーティスティックな感じのハムレットである。劇中劇を演出する場面ではハムレットが演出マニュアルみたいな本を手に読み上げているのだが、他の役者たちも同じ本の読み上げをしていて、有名な「自然に鏡を…」のセリフはハムレットではなく、役者たちに振られている。全体的にこのハムレットは涙目になっていることが多く、独白の場面でも目が泳いでいたり不安そうで、神経質で孤独な芸術青年タイプだ。

 本作ではかなり亡霊が活躍し、台本には亡霊があらわれる指定がないところにも出てくる。最後のフェンシング対決の場面にも出てきて、最後には死人だらけのステージに現れてハムレットを奈落へ誘う。役者の数が『ハムレット』にしては比較的少なく、亡霊こと父王と劇団長、墓掘りをひとりの役者(ファーダス・バムジ)が演じていたり、第一クォートからガートルードの母親らしさが際立つセリフを持ってきていたり(第一クォートにはガートルードがクローディアスの陰謀を知って息子を助けたいと考える場面があり、私は好きなのだがカットされることが多い)、フォーティンブラス関係の政治的な場面がカットされていたりするのもあり、わりと親密感のある家族ホラーといった印象だ。

GQに『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のレビューを書きました

 GQに『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のレビューを書きました。完全にネタバレしているのでお気をつけください。タロカンの国のヴィジュアルやネイモアがいいよねみたいな話はどうせみんな書くだろうと思ったので、シュリ中心に書いています。 

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12/3にカクシンハンの企画にゲストとしてお邪魔します

 12月3日に「JUKUBOX×カクシンハン企画」にトークゲストとしてお邪魔します。OKS_CAMPUSにて11時からトーク、その後に『夏の夜の夢』上演という予定です。よろしくお願い申し上げます。

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台本がちょっと混乱気味~『歌妖曲~中川大志之丞変化~』

 明治座で『歌妖曲~中川大志之丞変化~』を見てきた。倉持裕が作・演出で、『リチャード三世』をベースにして昭和歌謡界を舞台とした翻案である。

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 芸能一家である鳴尾家の息子である定(中川大志)は、家族でひとりだけ顔と四肢に障害があるため一族の者から疎まれ、虐待を受けていたが、あやしい医者の治療法によって歌手の桜木輝彦(中川の二役)として活動できるようになる。定はヤクザ者である徳田(浅利陽介)や、鳴尾一家に恨みを持っている蘭丸ミュージックの社長である蘭丸杏(松井玲奈)と結んで、一族への復讐を画策する。

 『リチャード三世』がベースだということなのだが、インスピレーション程度でそんなに元の話に沿っているわけではなく、むしろ『ジキルとハイド』とかに似たところもある。二役を演じる中川をはじめとする役者陣はもちろん、途中で挟まれる昭和歌謡ショーとか、なぜか「スンガリー」らしい店の看板も登場している新宿の街のセットとか、けっこういろいろ作り込んである気合いの入った作品で、面白いところはたくさんある…のだが、全体的に台本はちょっと詰め込み過ぎだと思う。定/桜木のジキルとハイドみたいな設定は要るのかな…と思うし、こういう設定にするなら変な医者よりも祈祷師か魔術師でも出してちょっとファンタジーホラー風味にしたほうがいいような気もするのだが、この手のけっこう現実離れした設定が組み込まれているわりには全体的に大河メロドラマみたいな感じで、そこにトーンの齟齬があると思う。時系列をちょっと乱しているのだが、その効果も疑問だ。やりたいことはわかるし頑張ったと思うが、もうちょっと台本をすっきりさせる必要があると思う。

熟年の同性婚を扱った家族コメディ~『泣いたり笑ったり』(試写、ネタバレあり)

試写 試写でシモーネ・ゴーダノ監督『泣いたり笑ったり』を見た。

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 妻とは別れているプレイボーイのリッチなトニ(ファブリッツィオ・ベンティヴォリオ)と、真面目な寡夫である漁師のカルロ(アレッサンドロ・ガスマン)が恋に落ち、結婚することになる。しかしながら父親が急に男性と結婚(イタリアでは同性婚は完全に法制化されていないので、シビルユニオン)すると言い出した両家の子どもたちは仰天し、トニの娘ペネロペ(ジャスミン・トリンカ )とカルロの息子サンドロ(フィリッポ・シッキターノ)は両親が別れるよう画策を始める。この作戦はなかなかうまくいかないが…

 同性婚はもちろん、既に大人になった子どもがいるような熟年同士の再婚や階級差のある結婚などにあるがちなトラブルを盛り込んだご家族コメディである。両家ともに問題があり、かなり金持ちで教養のあるトニは家族を顧みない相当ダメな父親である一方、家族思いのサンドロは伝統的な男らしさに価値を置く港町の文化で育ったこともあり、保守的で父親が男性を好きになったことを認められない。とくにトニは冒頭で娘のオリヴィア(クララ・ポンソ)に父親じゃなければ口説いてるというようなことを言って美貌を褒めており、オリヴィアが冗談だとはわかりつつまたか…という表情をしていて、一見洗練されているが実は無責任であんまり子どもの気持ちを考えずに発言するタイプであることが随所で示されている。さらにオリヴィアはペネロペとは母親が違って同じ時期にトニと愛人との間に生まれた娘だとか、トニは小さい時にペネロペのことを全く気にかけていなかったとか、いろいろ父娘問題が明らかになる。こんなダメ男と、思いやりのあるカルロが結婚していいのか…とは思うが、最後はトニが考えを改めてロマンティックな終わり方になる。

 全体的にはけっこう雰囲気が『天空の結婚式』に似ている。2作を比較すると、たぶんイタリアでは同性婚を家族にどう受け入れてもらうかというのがけっこう社会的な関心事なのだろうと思う。この作品はそれに熟年の再婚と階級格差も組み込んでいるところが新機軸で、その点『天空の結婚式』よりも少し高い年齢層の観客に向いている映画だと思う。

猫好き画家の電気生活~『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』(試写、ネタバレ注意)

 ウィル・シャープ監督『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』を試写で見た。

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 ヴィクトリア朝末期から20世紀初めにかけて猫の絵で有名だった画家ルイス・ウェインの伝記映画である。ルイス(ベネディクト・カンバーバッチ)は風変わりな性格の青年で、女ばかりの家族を養うべく、イラストをはじめとするいろいろなことに手を出していたが、なかなかうまくいっていなかった。しかしながら年上で階級も低い家庭教師のエミリー(クレア・フォイ)と恋に落ち、周りの反対を押し切って結婚する。愛し合う2人だったが、エミリーがガンであることがわかる。2人で猫を飼い、エミリーの余生を一緒に過ごすことにするが、ここでウェインの猫を題材にした絵が大当たりする。エミリーは亡くなってしまうが、ウェインはエミリーと猫への愛情を胸に絵を描き続けるものの、それまでもあったエキセントリックなところがどんどんひどくなり、妄想が激しくなって心の病が悪化してしまう。

 日本語タイトルは『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』なのだが、英語タイトルはThe Electrical Life of Louis Wainルイス・ウェインの電気生活)である。ルイスはもともと電気に対するいろいろな思い込み…というか、未来は電気の時代になるという考えがあり、かなりエキセントリックでその後の妄想につながっていくような電気観を持っていることが冒頭のほうで既に示されている。この電気に対する異常なこだわりはルイス自身の心の病に関係してくるものである一方、おそらくルイス自身の絶え間なく湧いてくる火花みたいな芸術的エネルギーとも不可分で、ルイスにとっては危険でもあり必要なものでもある。そういう電気に貫かれたルイスの生活と心情を表現するため、全編にいろいろ電子音っぽい楽器が使われており(作曲者は監督のきょうだいであるアーサー・シャープである)、とくにテルミンがかなり際立った形で使われている。テルミンの電気的である一方でほにゃーっとした音が、せわしない一方で優しさもあるルイスの発想のあり方とよく合致しており、ちょっとスチームパンクっぽく、サイケデリックなのに温かみもあって不思議な魅力がある。このテルミンの使い方にはけっこう感心した。