その追加、本当に必要?~『オンディーヌ』

 『オンディーヌ』を見てきた。ジャン・ジロドゥの有名戯曲で、舞台で見るのは初めてである。星田良子による台本・演出で、けっこう翻案してある。

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 水の精オンディーヌ(中村米吉)は湖のほとりで養親に育てられていたが、ある日騎士のハンス(宇野結也)と出会ってたちまち恋に落ちる。ハンスと結婚することになったオンディーヌだが、ハンスがオンディーヌを裏切れば水の世界の掟でハンスは死ぬことになる。オンディーヌと結婚する前にハンスにはベルタ(和久井優)という婚約者がいたが、いろいろあってベルタは実は子どもの時に行方不明になったオンディーヌの養親夫妻の実子だったことがわかる。ベルタはハンスに未練があり、オンディーヌの天衣無縫な行動もあいまって新婚の夫婦には溝ができ、やがてオンディーヌは出て行ってしまう。結局ハンスはオンディーヌを裏切って死ぬこととなり、オンディーヌはそれまでのことを全て忘れる。

 

 中村米吉演じるオンディーヌがとにかく可愛らしく天真爛漫なのだが、一方で動物的な野性というか、全く人間社会に慣れることができないし、慣れる必要性も感じていない異質さもうまく表現されており、なんだかちょっと発達障害とかそのへんの話のように感じられる現代性もあると思った。ただ、そういう方向性で役者の個性をうまく使って話じたいをアップデートできればいいのに、この作品はあんまりそこがうまくいっていない。序盤で枠が設定されるのだが、展開が複雑になるだけなので要らないように思うし、オンディーヌのとにかく愛情にだけ全ての資源を注ぎ込む一途な様子や、オンディーヌとベルタの女同士の確執ばかり強調されていて、なんだか古い話に感じられるところもある。このへんはもう少しすっきり現代風にできたのではという気がする。王妃(紫吹淳)とオンディーヌが話すところは年が違う女性同士の腹を割った会話をじっくり見せており、衣装や演技で2人のキャラクターの違いをうまく見せていてそこは良かったと思うので、どちらかというとこういう演出をもっと見たかった。さらにちょっと気になったのは脇の登場人物が出てくるところで全く要らないハゲネタとかが入っているところで、もともと上品で優雅でロマンティックなお話なのに、わざわざ不愉快なドタバタジョークを入れなくてもいいだろうと思った。

 

 

馬を通したコミュニティ再生~『ドリーム・ホース』

 『ドリーム・ホース』を見た。『シャーロック』『トーチウッド』『ドクター・フー』などの仕事をしていたユーロス・リン監督によるウェールズ映画で、実話をもとにしている。

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 2000年代頃のウェールズの谷間にある田舎の村が舞台である。昼はコープの店、夜はパブで働くジャン(トニ・コレット)は、かつてはレース用の鳩を飼っていたが今はもう鳩がおらず、夫のブライアン(オーウェンティール)は家でテレビばかり見ていて会話もない。ところがパブでかつて競馬馬を共同所有したことがあるという会計士のハワード(ダミアン・ルイス)に会い、村の人たちと競馬馬を所有するという夢を持つようになる。ジャンはハワード、ブライアンとともにすぐこの計画を行動に移す。

 90年代半ばから2000年代初頭くらいに流行った『フル・モンティ』や『カレンダー・ガールズ』などを思わせる、イギリスの地方の人々が行き詰まり気味の人生をなんとかするため新しいことにチャレンジする様子を描いた作品である(というか、この手の映画は『フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて』とか『シング・ア・ソング!~笑顔を咲かす歌声~』とか、継続的に今も作られているのだが)。これは実話ベースで、金持ちしか持てないと思われている競馬馬を共同所有することで崩壊しかけていた地方コミュニティにだんだん活気が戻ってくる様子を描いている。ヒロインのジャンは人生に疲れており、どうにかして新しい生き甲斐を…というような個人的な理由で馬を飼おうとするのだが、とんでもなく行動力があり、思いついたらすぐ実行する。そのおかげで周りの人たちも影響されていくのだが、ほとんどはワーキングクラスからロウワーミドルクラスで失業同然だったりもするような馬主たちが(経験者で一番階級が高くリッチだと思われるハワードでも会計士である)、協力して頑張った結果、格式の高い競馬レースで貴族の馬に勝利するというところがイギリスの階級社会の中ではけっこうな逆転劇で、スカっとするところがある。

 全体的にはけっこう面白かったのだが、二箇所ちょっと気になったところがあった。ひとつめはハワードが妻に相談せずいろいろやりすぎで、それがけっこうなあなあになってしまうというところである。ハワードは一度、共同馬主になって破産しかけたことがあり、そのせいで妻とはもう競馬ビジネスにかかわらないと約束していたらしいのだが、また黙って共同馬主になった上、さらに仕事までやめてしまう。感じが良くてハンサムなダミアン・ルイスがやっているからなんとなく流れてしまうが、ハワードは実は相当に身勝手な困った人なんでは…という気がするものの、そのへんがちゃんと掘り下げられていない。

 もうひとつ気になったのは、最後に「デライラ」を使うのはちょっとダサいような気がするということだ。途中でカラオケで歌われており、さらにこれを歌ったトム・ジョーンズウェールズ人でわりと近くの町の出身であり、また「デライラ」はスポーツでファンが歌う歌でもあるのでチョイスとしてはおかしくない…のだが、歌詞が問題だ。この歌は恋人が浮気していると気付いて逆上した男が女性を刺し殺すという内容で、これまでもスポーツで使われる時に問題になってきた。わりと爽やかめに終わるのにそういう歌詞の歌でしめるのはちょっとどうかねぇ…と思う。

あまり日本版と印象が変わらず~NTライヴ『レオポルトシュタット』

 ナショナル・シアター・ライヴ『レオポルトシュタット』を見てきた。トム・ストッパードの戯曲で、既に日本版を見ているが、これはパトリック・マーバー演出のものである。

 そこまで日本版と印象が変わらなかったのだが、ただこっちのほうがブラックユーモアが効いており、イギリスの観客もたくさん笑っているのが印象的だった。とくに最期の1955年の場面は日本語版よりも久しぶりに再会した親族同士の雰囲気が悪くて深刻な感じがあるのだが、レオ (Arty Froushan) がイギリスを褒めるところではけっこう笑いが起こっていた。この演出のレオはかなり空気が読めない…というか、ちょっと無神経な感じだと思う。

ちょっと詰め込み過ぎ感~『ホワイト・ノイズ』(配信)

 Netflixの『ホワイト・ノイズ』を配信で見た。ノア・バームバック監督の新作で、ドン・デリーロ小説の映画化である。

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 非常に説明しにくい話なのだが(そもそも小説が映画化不可能とか言われていた)、だいたい三部構成である。アメリカの大学町でドイツ語ができないのにヒトラー研究を教えているジャック・グラドニー(アダム・ドライヴァー)を中心に展開する。前半はジャックの暮らしを描いた大学もの、中盤は有毒物質の流出による公害ディザスター映画、終盤はジャックの妻バベット(グレタ・ガーウィグ)の薬物使用に関する話である。

 序盤はデイヴィッド・ロッジの小説とか『Re:LIFE~リライフ~』みたいなアメリカの大学を風刺的に描いた作品である。ただ、私は小説を読んだ時からどれくらい笑っていい話なのかあんまりよくわからなかったので、このへんはアメリカの大学に詳しい人にむしろどこが笑うところなのか聞きたい。ただ、ジャックが授業をやるところはすごく可笑しい…というか、なんか同じようなチームで作った『マリッジ・ストーリー』でもアダム・ドライヴァーがライヴパフォーマンスをやるとなんか変な感じがするというのを前面に出していたので、あそこでやってた前衛演劇の延長みたいな描写なのかなと思う。

 中盤は『ミスト』みたいな感じだが、もっとブラックコメディ的である。ただ、原作に比べるとたぶん新型コロナウイルス感染症の影響を受けており、マスクに関する描写がわりと強調されていたりする。いつのまにかみんな汚染の話を忘れてマスクもしなくなるが、人によっては後で体を蝕む後遺症が…みたいなのはアメリカの公衆衛生の現状と一緒に考えるとリアルな話なんだろうなと思う。

 終盤は新種のドラッグをめぐる話である。正直、とくにここについてバベット役にグレタ・ガーウィグをキャスティングするのが適役なのか、私はあんまり判断できなかった。もう少し年が上で、ああいうヘアスタイルがナチュラルに似合う女優をキャスティングしたほうがいいんじゃないかと思った。

 全体的にはあの小説をよく映画化したな…と思う一方、詰め込み過ぎでそれぞれのパーツがバラバラになっているような気はする。一貫したブラックユーモアはあるのだが、トーンはあんまり一定していないと思う。あと、たぶんイギリス映画ならもっとジャックを突き放した感じで描いているだろうなと思った(スティーヴ・クーガンがもうちょっと若かったら似合いそうな役だ)。

 

今年初の学会 (MLA) 登壇が終わりました

 今年初の学会 (MLA) 登壇が終わりました。オンラインでMLA 2023のセッション" Precarities in Public Scholarship and on Public Platforms in Japanese Studies"に登壇しました。研究者に対するオンラインハラスメントのセッションで、他の方々はラムザイヤー問題などを中心に発表されましたが、私は[[椿井文書]]の話などを含めてウィキペディアの荒らしについて話しました。

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あまり映画らしさは無い~『ヒトラーのための虐殺会議』(試写)

 『ヒトラーのための虐殺会議』を試写で見た。1942年のヴァンゼー会議の80周年記念で作られたドイツのテレビ映画で、日本では劇場公開される。

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 全体的に会議の議事録をそのまんま起こしたみたいな台本で、淡々と話し合いが進む。ユダヤ人の絶滅などという恐ろしい内容について、たいして忌避感もなく効率がいいとか悪いとかの話で会議をすすめるところが怖く、日本でも最近、力を増している効率優先主義の悪い点が思い起こされるような内容である。部署間でそれぞれ自分のところでやりたくないことと自分の職掌だと思っていることについての駆け引きがあるのはリアルで、たぶん本当にそのような縄張り争いがあったのだろうと思った。途中のランチで物資不足なのにサーモンが提供されて出席者が喜んでいるところは、事実なのかどうかは知らないが、ちょっとブラックユーモアを感じた。

 ただ、全体的に本当に淡々と会議が進むだけなので、映画的な面白さというのは無い。もともとはテレビ放送を想定しているらしいこともあり、密室的で動きは少なく、大画面で見た時に面白くなりそうなところというのはあんまりない。本来なら舞台にするほうが向いている題材ではないかと思う。こういう史実をしっかり映画化した作品にしてはずいぶんとスキャンダラスな日本語タイトルがついているが、まあそうでもしないとみんな見に来ない映画ではあろうと思う。