『ヴィクトリア朝時代のインターネット』文庫版帯にコメントを寄稿しました

 トム・スタンデージ『ヴィクトリア朝時代のインターネット』文庫版帯にコメントを寄稿しました。これは新入生に是非すすめたいと思っていたのですが入手困難で困っていた本なので文庫版が出てとてもよかったです。

 

 

演出とキャラクターの食い合わせが…『マクベス』

 Dock Xでサイモン・ゴドウィン『マクベス』を見てきた。

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 ウォーターフロントの倉庫みたいな場所での上演で、お客は舞台裏から兵士(スタッフが扮しているわけだが)が見張っている通路を通って客席に入るという変わった作りの劇場である。冷たい灰色の壁が全体的に寒々しい雰囲気を作るのに貢献している。衣装などは現代的で、雰囲気は完全に今の内戦だ。

 サイモン・ゴドウィンらしく現代政治を思わせるシャープな演出が多く、わりとセリフはカットしていてスピード感が重視されていると思う。魔女たちは戦争の被害を受けた一般庶民というような印象だ。マクベス夫人(インディラ・ヴァルマ)にもどうも魔女たちが見えているのでは…と思われる演出もあり、これはあまり見かけない演出である気がする。

 ただ、演出にこういう面白いところはけっこうあるのだが、キャラクター造形がどうも演出にあっていない気がした。マクベスレイフ・ファインズ)はわりともっさりした大人しそうな中年男で、とくに序盤のほうは穏やかそうなおじさまである。ところがマクベス夫人はたぶん夫より10歳くらい年下で、おそらく夫より階級が高い生まれなのでは…という感じがするゴージャスな妻だ。この戦争の惨禍から離れて屋敷にいるポッシュで内にこもった感じのマクベス夫人と、戦争の暴力に直接さらされている非常に庶民的な魔女たちとの間にはっきりした対照があるのはいいのだが、一方で夫婦の関係がもとからうまくいっていないように見える。マクベス夫人のほうがずっと夫よりも計略が得意そうで、再会した時も夫のほうは喜んでいるのにマクベス夫人のほうはしれっとした感じで、あんまり深く愛し合っていない。全体的に、年上のぱっとしない夫が、年下のゴージャスな妻に対して引け目を感じていて、そのせいで妻の言いなりに…みたいな話に見え、まあそういう演出はあり得るだろうが、この方向性だと『マクベス』にしてはちょっとスケール感の小さい家庭悲劇になってしまうような気がするので、政治劇っぽい演出との食い合わせがよいと思えず、あまりいいと思えなかった。

真面目な法廷もの~『死刑台のメロディ』(試写)

 エンニオ・モリコーネの特選上映で4Kリマスター英語版が上映される『死刑台のメロディ』を試写で見た。有名なサッコ&ヴェンゼッティ事件の映画化である。

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 全体的に真面目な法廷もので、イタリア系の移民で左翼であり、英語にも訛りがあるニコラ・サッコ(リカルド・クッチョーラ)とバルトロメオ・ヴェンゼッティ(ジャン・マリア・ヴォロンテ)が受けた裁判がいかにメチャクチャだったかということを描いている。どの程度史実に基づいているのかはわからないのだが、この映画に登場する捜査や裁判の様子は極めて不当なもので、いくらなんでも誇張では…と思うくらいひどい。この2人が実際の犯罪にどの程度かかわっていたのかについてはよくわからないと思うのだが、公正な裁判を受ける権利が侵害されていたということはよく伝わってくる展開である。また、サッコとヴェンゼッティの性格や裁判に対する態度の違いなどもわりと細やかに描かれている。

 モリコーネ作曲でジョーン・バエズが歌ったテーマ曲については、楽曲じたいは非常にいいと思うのだが非常に70年代初頭っぽい感じがある。1920年代が舞台である映画じたいの雰囲気とはそんなにあっていないかもと思う(今でも現代の音楽を時代劇の主題歌に…ということはあると思うが、もうちょっと曲調をレトロにするかわざとアナクロにスティックにする気がする)。ただ、このあたりも時代を感じさせて興味深い。

音楽はいいが…『ラ・カリファ』(試写)

 エンニオ・モリコーネの特選上映で日本で初めて映画館上映される『ラ・カリファ』を試写で見た。

 企業家ドベルド(ウーゴ・トニャッツィ)と、夫を労働争議で亡くした活動家イレーネ(ロミー・シュナイダー)が不倫関係になってしまうという話なのだが、正直そんなに面白くはない…というか、年も違うし政治的にも対立しているはずの2人がなんで恋に落ちるのかよくわからないまま進むのであまり説得力が無いと思う。そもそも労働争議をやっていたはずのヒロインがなんでそんな年上の敵対する相手と…という感じで、あまりにも男性に都合の良すぎる展開だと思う。ロミー・シュナイダーは綺麗だしモリコーネの音楽はとてもいいのだが、それ以上の見どころはあまりないと思う。

アイルランド現代美術館

 キルメイナム刑務所のすぐそばにあるアイルランド現代美術館にも行って来た。無料で入れる。こんな建物である。

中庭と美術館の建物

 第一次世界大戦以降のヨーロッパ政治と芸術に関する展示と、デリーの映画ビデオワークショップグループなどについての展示が特集展示だった。

床に増殖する金色のもにゃもにゃ、前方にみどりのクマ

 

キルメイナム刑務所ツアー

 休日なのでキルメイナム刑務所のツアーに行って来た。キルメイナム刑務所はアイルランド独立運動家が多数収監されていた刑務所で、イースター蜂起のリーダーの処刑も行われたので、アイルランド史にとっては非常に重要な場所である。現在は刑務所としては使われておらず、史跡として保護されている。見学はツアーのみだが、ツアーは大人気でしょっちゅう満員になるらしいので早めの予約が必須である。

 

柵の後ろにいかめしい建物、アイルランドの国旗

いかめしい玄関。以前はここから囚人を入れていたらしい。

 裁判所の部屋に集合し、ツアーガイドに説明をききながら刑務所を回る。

裁判所の部屋

裁判所。ツアーはここから始まる。

 19世紀半ば頃まではひとり用の独房に無理矢理5人入れるというようなこともあるくらい混雑がひどくて悲惨な状況だったらしい。ただしパーネルは世論の反発を怖れて特別に整備された広い個室に入れられていたとのこと。

古い建物と新しいガラス張りの建物

博物館

 ヴィクトリア朝風のパノプティコンっぽい監房があり、ここは特徴的な建築としてよく知られているので映画の撮影がたびたび行われているらしい。なんと『パディントン2』の刑務所のロケハンはここで行われたそうだ。

三階建ての独房。真ん中に広場のようなものがあり、天井から光が入る

三階建ての独房の入り口が並ぶ壁

刑務所内部

 庭みたいなところに十字架がたっているだけだが、これはイースター蜂起指導者のひとりであるジェイムズ・コノリーが処刑された場所だそうだ。コノリーは蜂起でひどく負傷して瀕死だったため、赤十字などは処刑しないように進言した(数日もたない病状だったらしい)のだが、椅子に縛り付けて処刑したらしい。ツアーの解説によると、コノリーらの処刑の話や、指導者のひとりだったジョゼフ・プランケットが同志でイラストレーターのグレース・ギフォードと処刑数時間前に結婚した話などが報道されたせいでいっきにアイルランドの世論がイースター蜂起に親和的になったらしい。シンプルな展示だが、こういう見せ方はなかなか精神的にきついものがある。

灰色の壁の脇にぽつんと立つ十字架

 

映像を活用したひとり芝居~『ドリアン・グレイの肖像』

 ヘイマーケット劇場で『ドリアン・グレイの肖像』を見た。言わずと知れたオスカー・ワイルドの古典小説をキップ・ウィリアムズが翻案・演出したひとり芝居である。2020年にシドニーで初演されたプロダクションの再演だそうだ。オーストラリアの女優サラ・スノークがドリアン他、全ての役を演じている。

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 映像を駆使した非常に特徴的な演出で、ひとり芝居としてはかなり大がかりなものである。舞台のど真ん中に大きなスクリーンがあり、けっこうな割合の場面はスクリーンの後ろとか端っこでスノークが演じているところをカメラで撮って、それをスクリーンに映すというようなやり方で作られている。複数の登場人物が出てくるところではスノークが事前に撮ったと思われる映像が合成される。ドリアン・グレイの肖像が歪んでいくところについては、スノークが手元のスマホで顔写真にディストーションをかけて表現する。主演女優が観客に見えるところで演技する時も必ずスクリーンには何か映っている。

 ひとり芝居は主演の演技に頼りすぎるフシがあると思うのだが、この作品は映像を効果的に使うという演出上の工夫があるのが評価ポイントだ。もちろん主演女優の演技は大変な熱演でうまいし、舞台上で早変わりしたりするのは面白いのだが、それをきちんと演出が引き立てているのがいいと思う。とくに『ドリアン・グレイの肖像』はもともとイメージと実像の違いに関する話なので、物語じたいの展開と演出のコンセプトがきちんとマッチしている。ただ、欲を言うともうちょっと主演女優をスクリーンの前に置いて演技させる箇所が多いほうがいいかもと思った。イメージと実像の違いを見せる…ということなら、映像を作っているところを含めて主演女優の演技を観客の目の前で見せたほうがもっと効果的なんじゃないかと思うからである。