時代考証がちょっとヘンな、女形が主役の王政復古演劇界バックステージ映画『ステージ・ビューティ』

 『ステージ・ビューティ』という、日本未公開の映画をDVDで見た。

 これは王政復古期、最後の女形と言われているネッド(エドワード)・キナストンを主人公にしたバックステージものである。王政復古期の演劇界を舞台にしたバックステージものというのは結構少なくて、私が知ってるかぎりではジョン・ウィルモットの伝記映画『リバティーン』しかないのだが、こんな映画が出てたとは…

 たぶん日本でこれを見たことのある人はほとんどいないと思うので(見たことがある人が約一名はいることがわかっているのだが)、一応あらすじを書いておくと、これはチャールズ二世の治世で女優禁止令が撤廃されたせいで職を失い、女役スターの座をドレッサーだったマーガレット(クレア・デーンズ)に奪われてしまったネッド・キナストン(ビリー・クラダップ)が、マーガレットとの共演により男役として復活、マーガレットも女優として大成し、最後は二人で恋にまで落ちてしまうという話である。


 で、この話は結構事実にそっている。主人公のネッド・キナストンは実在の人物で、イギリス初期近代演劇最後の女形スターである。映画の中でサミュエル・ピープスに褒められたり、グルーピーに追っかけられて女形の格好のまま連れ回されたりしているが、これも全部記録に残っていて、本当にめちゃめちゃ可愛かったらしい。途中から男役に転向したのも史実どおりである(というか、この頃の女形は大部分が後で男役に転向する)。ネッドが第二代バッキンガム公爵の愛人だったらしいというのも当時の噂に基づくものである。

 ネッドの恋人ということになっているマーガレット・ヒューズも実在するスターで、イギリス演劇最初の女優のひとりである。『オセロー』のデズデモーナ役をやったというのも記録に残っているようだし、映画の中に出てくる胸をはだけた肖像画も現存している。マーガレットのパトロンとしてくっついているいやらしいオヤジ、サー・チャールズ・セドリーも実在の人物で、本当はもっと若くて結構人気のある詩人だった(王政復古期の文化人のごたぶんに漏れず、かなりの放蕩者だったみたいだが)。座長のベタートンも実在だし、王の愛人ネル・グウィンももちろん実在である。


 …ところが、細かいところでこの映画の時代考証はかなりおかしい。元の戯曲があるみたいだし、別にフィクションがそこまで史実に忠実な必要はないと思うのだが、とりあえず映画の中で「そこを変える必要あるか??」と気になったところをあげてみると、


(1) ネル・グウィンのキャリアがおかしい。映画の中ではネルは最初から王の愛人でその後女優になったことになっているが、本当は舞台でスターになってから王の愛人になった。ネルのお話は典型的なシンデレラストーリー(劇場の売り子→演劇のスター→王の愛人)としてよく知られているので、順序が逆だと混乱する。

(2) しょっぱなからネルがなぜか全裸でヘンリー・パーセルの『アテネのタイモン』と思われる仮面劇に歌手として出演している場面があるのだが、これはかなりヘンだ。まずヘンリー・パーセルは時代がもう少し後の人だし、ネルは歌手じゃなくて女優さんだし、いくら王政復古期の演劇の性描写がきついからって、しょっぱなから女性が全裸で出てくるのは誤解を招く気がする…

(3) これは時代考証よりは文化的差異の問題である気もするのだが、ネッド役のビリー・クラダップがゴツすぎる。本当の女形はもっとずっと若いはずで、まあ若手を雇うのが大変だという映画制作上の問題もあるだろうからクラダップが年をとりすぎてるのは仕方ないとしても(この頃の女形はたいてい十代でやめるし、よっぽどの女役スターでも二十歳すぎると男役に変わることが多い)、もうちょっと全体的に若作りにして「スカートをはいた若者」ふうに作ったほうがわかりやすかったんじゃないだろうか。クラダップが結構筋肉がある上男顔をあまり隠してないせいで、誰よりも女らしい古典の女形というよりはむしろドラァグショーの花形みたいな感じになっていて、今でも女形が普通にいる日本人にはちょっと違和感があるようにも思えた。ただ、前イギリスのオールメールキャストの劇団を見たときも「日本の女形とはずいぶん違うな」と思ったので、あれは女形商業演劇で保存されてるかどうかに起因する趣味の違いなのかもしれない。


 …で、最初のほうはこういうどっちかというと変えないほうが面白かったんじゃないか的な時代考証のおかしさと、割合盛り上がりがなく進む展開のせいであまり乗れなかったのだが、女形をやめたネッドがかつての愛人バッキンガムに拒まれるところあたりから面白くなった。バッキンガムは、「俺はお前を舞台の上でしか抱かなかった、なぜなら舞台の上ならお前はクレオパトラやデズデモーナだったからだ」と言って女形をやめたネッドを振るのだが(前半に興業が終わったセットの中でネッドとバッキンガムがいちゃつく伏線がある)、これはなんかすごい説得力のある台詞のように思えた(別に役者が相手じゃなくても通用しそうな台詞である)。あと、尾羽打ちからしたネッドを助けたマーガレットが、ネッドにわけのわからん質問をしたことをきっかけに(万一見る人がいると困るのでどんな質問かはひみつにする)あわやラブシーンになだれこみそうになる演出は爆笑。最後の『オセロー』上演の場面は、映画で舞台の芝居の緊張感を表現するという課題を結構うまくこなしている気がして良かった。

 ちなみにこの映画にはルパート・エヴェレットがチャールズ二世の役で出てて、女装までしているのだが、エヴェレットとは思えないくらいヒゲとかで顔を作り込んでいて、見るからに「ヘンな王様」っぽい。相手役ネル・グウィンを演じるゾーイ・タッパーは、一昔前のクリスティーナ・リッチをちょっと安くしたみたいな感じで、男装は悪くなかったのだが、女性の服の時は…どうなのかな。